陶芸と、星占い、タロットカードを、職業にしています。体験をもとにした、心、魂の世界についてのエッセイです。


by fufu6k
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父の魂

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 高校1年か2年のとき、一度だけ、父の魂を見たことがある。見たと言っても、物体を見るように見たのではない。空中に現れた、イメージのようなもの、と言ったほうがいいかもしれない。しかし、それは決して空想ではない。イメージのようではあっても、私の心が作り出した空想の産物ではなく、確かにそこに存在していた。

 夜、自分の部屋で勉強していたときのことだ。何かの拍子にふと顔を上げたとき、父の魂が現われた。生前の父の姿が見えたのではない。勉強部屋にいきなり父の幽霊が出現したら、いくら父親でも、私は恐怖のあまり気を失ったかもしれない。

 父は、一本の線という形で現われた。空中に、水平に伸びる一本の線が浮かんでいた。真ん中に区切り目の印があった。区切り目の左側は生の領域で、右側は死の領域だ。父であるその線は、生の領域から区切り目を通過して、死の領域へ入り、さらにどこまでも真っ直ぐに変わることなく続いていた。

 その線が父だということは、すぐわかった。区切り目が、生と死の境であることも、当たり前のように、わかった。後で振り返って考えると、何故そういうことを一瞬で理解できたのか、不思議なのだが、私は、恐怖におびえることも、なつかしさで胸がいっぱいになることもなく、ごく冷静に、その線と区切り目の意味を受け止めていた。

 父は死に、肉体は滅んだが、線という形で表わされている父の核、父の実体は、生死に関わりなく、生死を超えて、変わらず、揺るぎなく、永遠に続いているのだ。人間とは、そういうものなのだ、と、私は思った。生と死は、表面の現象にすぎない。人間の核の部分は、生死を超えて、厳然と存在し続けるのだ、と。

 よく覚えていないのだが、目からウロコが落ちる思いだったのだろう。その後、授業で作文の宿題が出されたので、私はこの“大発見”について、意気込んで書いた。生と死は、表面の現象にすぎない、ということを、特に強調したように思う。
 だってそうでしょう、父は生きているときと同じように、死んでしまってからも、変わらず存在しているのだから! 父の核は、死という恐ろしいものの影響を、全く受けていないのだから! この“真実”を知れば、みんな死の恐怖から解放されるでしょう!

 私の幼い思考からひねり出された言葉は、私の発見と心情を、正確に伝えなかったようだ。亡き父について書くことで、可哀相だと思われたくないと、心のどこかで思っていた私は、ことさら乾いた、理屈っぽい言葉を並べ立てた。
 父が、死んでも消滅しておらず、堂々と存在し続けていることを知って、どれほど安堵しているかを、素直に言葉にできなかった。

 目を通されて戻ってきた原稿用紙の余白には、赤ペンで、かなり多い行数の、先生のコメントが書いてあった。生きることを大事にしなさい、死を厳粛に受け止めなさいという内容の、その文章の裏側に、突飛なことを書いて寄越した生徒への、先生の心配が見え隠れした。
 
 気遣われていることはわかったが、理解されなかったという落胆も大きかった。死んでも存在し続けるなどということは、そうたやすく理解してもらえることではない。「世の中、こんなもんさ」という思いで、私はこの一件を締めくくり、今後このことを人に話すのはやめようと心に決めた。e0172753_2014149.jpg

 
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by fufu6k | 2009-02-24 01:35