陶芸と、星占い、タロットカードを、職業にしています。体験をもとにした、心、魂の世界についてのエッセイです。


by fufu6k
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砂漠の像 Ⅱ

                      占いのホームページ SPACE・和



 この旅行を後になって振り返ると、自分が日々、不思議なほどいきいきしていたことに気がつく。
 エジプトの神秘の力が、私の体と心に作用したのか、砂漠の暑さにも疲れず、水が悪いのでツアー仲間の多くが下痢をしても、私の腸は健康に働き、ホテルの近くの村を一人で訪ねて、日干しレンガの家でお茶をごちそうになるなど、好奇心にあふれて行動していた。

 遺跡は、どれもこれも面白かった。廃墟にしか見えない、崩れかけた神殿は、かえって想像力をかきたてた。
 砂漠の風にさらされているこの道は、昔は立派な参道だったのだ。女神を祭る神殿に、参拝のために多くの人が集い、参道は行き交う人々で、あふれ返っていた。道の両側には、参拝客をあてこんで、小さな店が軒を連ね、物売りの声や、品物を値切ったり、ひやかしたりする声が、飛び交っていた。
 神殿は、鮮やかな色彩の壁画で飾られていた。絶え間なく香が焚かれ、その匂いと、女達が髪や体につける香料のきつい匂いが混ざり合い、むせ返るほどだった……。

 想像力は翼を広げ、私にはこのような光景が、まるで現実のものであるかのように、ありありと感じられた。
 本で得た知識が助けとなり、紀元前のエジプトが頭の中によみがえった。エジプトは繁栄していた。そして当時のエジプトは、砂漠の国ではなく、都市や街の周囲には、豊かな緑が広がっていた。

 旅の後半は、ルクソールの観光だった。ルクソールは、古代エジプトが最も栄えた頃、テーベという名の首都があった所だ。アクナトンの治世の時、テル・エル・アマルナに遷都されたが、アクナトンが失脚した後、都は再びテーベに戻った。

 巨大な円柱が立ち並ぶ、ルクソール神殿があり、ナイル河の対岸には、歴代のファラオが眠る王家の谷がある。カルナック神殿、ハトシェプスト女王の葬祭殿など、有名な遺跡が多い。砂漠は焼けつくように暑いが、ナイルの河畔は涼しく、丈の高いマストに白い帆を張った帆船が、ゆったりと往来している。時計がなくても暮らしていけるような、のんびりしたところだ。

 神殿や王族の墓の見学の合間に、ルクソール博物館を訪れた。カイロ博物館に比べると、規模はぐっと小さい。ルクソール博物館のことを、私は全く知らなかったので、何を見ようという目的意識も期待もなく、皆の後についてなんとなく館内に入っていった。神様の壁画やヒエログリフもそろそろ見飽きていた。

 正直言って、ひとつの物を除いて、ルクソール博物館に何が展示されていたか、全く覚えていない。
 一階の展示室をざっと見て、二階への階段を上った。と、そのときだった。いきなり高さ2メートルくらいはありそうな、大きな石の顔が、目の前に現われた。階段を上りきったところに、アクナトンの頭部だけの石像が陳列されていた。

 …………。

 このとき、心の中に湧き上がった思いを、どう説明していいかわからない。思いは真実だが、言葉にすると、荒唐無稽な印象を与えるかもしれない。

「やっと、会えた……」
 
 石の顔を見た瞬間、ふいにこのような言葉が、胸の中心に湧き上がってきた。
 会いたい人に会えたという思いに浸ったのではない。分厚い唇と大きな目の、アクナトンの石像は、これまでにさんざん見てきている。「会えた」というのは、アクナトンの像をまた見ることができて、嬉しい、という意味ではない。
 
 ただ、「やっと、会えた」という言葉だけが、唐突に、心の中に浮かんできたのだ。現実の私自身とは無関係なところで、心が勝手にそうつぶやいていたと言ったほうがいいかもしれない。
 
 私は、まじまじと石像をみつめた。不思議な感覚にとらわれていた。私にはその像が、硬い石で出来ていると思えなかったのだ。
 石の壁の向こうに、血の通った、生身の男がいた。石を透かして、私の心は、温かい肌と広い胸を持った、生身のアクナトンを見ていた。石の向こうに、確かにいるその男は、私がよく知っている男だった。肌の温もりと匂いを、深い息遣いを、私は知っていたし、彼の喜びや悲しみや苦しみについても、おそらく、少しは知っていた。
 
 男は今にも、石から抜け出てくるのではないかと思われた。それほどのなまなましさで、アクナトンは私の前に立っていた。
 
 しかし、その感覚は、ほんの数秒のものだった。ハッと我に返った時、目の前には硬い石の顔しかなく、裸のアクナトンの幻影は、脳裏から跡形もなく消えていた。

「今のは何だったのだろう」
 そう思うしかなかった。あまりにも理解を超えたことだったので、またほんの僅かの間の出来事だったので、私はこのことをほとんど心に留めることはなかった。
 e0172753_15294977.gifエジプトの旅は、日々刺激的で、このことについてゆっくり考える時間も心のゆとりもなかった。旅が終わり、成田空港に到着した頃には、このルクソール博物館での出来事は、記憶からほとんど消えていた。



 
 
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by fufu6k | 2009-03-06 01:18