陶芸と、星占い、タロットカードを、職業にしています。体験をもとにした、心、魂の世界についてのエッセイです。


by fufu6k
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2009年 02月 24日 ( 2 )

光の河

                      占いのホームページ SPACE・和


 
 焼けつくような陽射しの下、広い霊園の中で、道に迷った。何区画の何番という、お墓の住所(?)を記した紙をなくしてしまったので、うろ覚えの記憶を頼るしかなかった。
 前もって霊園事務所で確認すればよかったのだが、なあに、行けばわかるさ、という持ち前のおおざっぱさが災いして、私は汗だくになりながら、途方に暮れていた。

 すっかり嫌気がさし、もう墓参りなんかやめて帰ろうかと思い始めた時、道を一本間違えたことに気付いた。曲がるべき道を素通りして、その先の道を曲がったために、別の区画に来てしまったのだ。間違いに気付いた後は、ウチのお墓のある区画を探し当てるのに、たいして時間はかからなかった。
 お墓を洗ったり、花を生けるための水を汲んだりする水道がみつかり、たしかこの水道から数メートル先の右側、と目をやると、はたして、浦山の名を刻んだ、ピンクがかった御影石が、目に飛び込んできた。

 よかった……。
 心底、ホッとした。嬉しくなった。家に帰り着いたような安堵感があった。
 ピンクの墓石が、本当に、自分の家のように思えたのだ。墓石の奥は、私達家族の住まいで、父と母がそこにいる。
「パパ、ママ、ただいま」
 額の汗を拭いながら、私は家族の団欒に溶け込んでゆく。まるで食卓の用意をしているような気分で、私は墓石をていねいに洗い、花を生け、線香に火をつけた。

 道に迷い、迷子の心細さを味わったおかげで、お墓を家のように感じることができたのだ。時間を無駄にし、体力を消耗したが、道に迷ったことは正解だったかもしれない。今日の墓参は、いつもの墓参とは違う。子供の気持ちに戻って、父と母をありありと思い出すことは、これから始める、父にパワーを送るという仕事の導入部として、必要なことだったのだろう。

 遠くで蝉が鳴いていた。芝生は焼けつくようだった。活けられた花を眺め、ペットボトルのお茶を飲み、呼吸を整えて、私は瞑想に入った。

 初めは多少人目を気にしたが、暑いせいもあってか、そういう雑念はすぐ消えた。猛暑は、よけいなことに気を回すゆとりを、私から奪っていた。空のかなた、遥かかなたの虚空にいる父に、意識を集中する。
「パパに光を、パパに光を」
 心の中で何度もつぶやき、額から天に向かって、光が送り出される様をイメージした。

 黄色やオレンジ色や、白熱して白く輝く光の粒々が、天高く昇っていく。無数の光の粒子は、集まって川となり、流れはしだいに太く、強く、勢いを増していった。きらめく光の川は、やがて、こちらから向こうへ流れるだけでなく、天のかなたから私に向かう、もうひとつの流れを作り出した。双方向の流れを持つ、光の河。強いエネルギーの奔流に、私は圧倒され、体はじんじんと熱くなっていった……。

 そして、瞑想は終わった。体の内部で高まっていたエネルギーが、徐々に鎮まり、現実的な感覚が戻ってきた。強い陽射しにさらされていたジーンズの膝と太腿が、異様に熱くなっているのに気付いた。そろそろ引き上げなければ、熱中症になってしまう……。

 駅前の花屋で借りてきたバケツや柄杓、空のペットボトルなどを取りまとめ、もう一度お墓に向かって、「さよなら」とつぶやいた。父にパワーは届いただろうか。本当に父を助けることができただろうか。

 
 
 
 霊園の入り口に向かう並木道に、風が舞っていた。酷暑が少しおさまり、木々の梢が、涼しげに揺れていた。私の心も、涼やかだった。体の中心に、すがすがしい空気の通り道ができたように感じ、豊かに呼吸ができた。
 
 父に、光は届いた。天のかなた、広大な宇宙空間に存在する父を、はっきりと感じることができた。父と私は、今、一本の太い糸でつながっている。そう思えた。勉強部屋に現われた父の魂が、生死の境を越えて、悠然と存在し続けたように、あの世の父と、地上の私は、生死の境を越えて、ひとつに連なることができた。これからは、いつも父と一緒だ。父は私を見守り、助けてくれるだろう。そう思うと、深い安心感が心の隅々にまで満ちた。e0172753_1525497.gif
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by fufu6k | 2009-02-24 15:26

父の魂

                       占いのホームページ SPACE・和 


 
 高校1年か2年のとき、一度だけ、父の魂を見たことがある。見たと言っても、物体を見るように見たのではない。空中に現れた、イメージのようなもの、と言ったほうがいいかもしれない。しかし、それは決して空想ではない。イメージのようではあっても、私の心が作り出した空想の産物ではなく、確かにそこに存在していた。

 夜、自分の部屋で勉強していたときのことだ。何かの拍子にふと顔を上げたとき、父の魂が現われた。生前の父の姿が見えたのではない。勉強部屋にいきなり父の幽霊が出現したら、いくら父親でも、私は恐怖のあまり気を失ったかもしれない。

 父は、一本の線という形で現われた。空中に、水平に伸びる一本の線が浮かんでいた。真ん中に区切り目の印があった。区切り目の左側は生の領域で、右側は死の領域だ。父であるその線は、生の領域から区切り目を通過して、死の領域へ入り、さらにどこまでも真っ直ぐに変わることなく続いていた。

 その線が父だということは、すぐわかった。区切り目が、生と死の境であることも、当たり前のように、わかった。後で振り返って考えると、何故そういうことを一瞬で理解できたのか、不思議なのだが、私は、恐怖におびえることも、なつかしさで胸がいっぱいになることもなく、ごく冷静に、その線と区切り目の意味を受け止めていた。

 父は死に、肉体は滅んだが、線という形で表わされている父の核、父の実体は、生死に関わりなく、生死を超えて、変わらず、揺るぎなく、永遠に続いているのだ。人間とは、そういうものなのだ、と、私は思った。生と死は、表面の現象にすぎない。人間の核の部分は、生死を超えて、厳然と存在し続けるのだ、と。

 よく覚えていないのだが、目からウロコが落ちる思いだったのだろう。その後、授業で作文の宿題が出されたので、私はこの“大発見”について、意気込んで書いた。生と死は、表面の現象にすぎない、ということを、特に強調したように思う。
 だってそうでしょう、父は生きているときと同じように、死んでしまってからも、変わらず存在しているのだから! 父の核は、死という恐ろしいものの影響を、全く受けていないのだから! この“真実”を知れば、みんな死の恐怖から解放されるでしょう!

 私の幼い思考からひねり出された言葉は、私の発見と心情を、正確に伝えなかったようだ。亡き父について書くことで、可哀相だと思われたくないと、心のどこかで思っていた私は、ことさら乾いた、理屈っぽい言葉を並べ立てた。
 父が、死んでも消滅しておらず、堂々と存在し続けていることを知って、どれほど安堵しているかを、素直に言葉にできなかった。

 目を通されて戻ってきた原稿用紙の余白には、赤ペンで、かなり多い行数の、先生のコメントが書いてあった。生きることを大事にしなさい、死を厳粛に受け止めなさいという内容の、その文章の裏側に、突飛なことを書いて寄越した生徒への、先生の心配が見え隠れした。
 
 気遣われていることはわかったが、理解されなかったという落胆も大きかった。死んでも存在し続けるなどということは、そうたやすく理解してもらえることではない。「世の中、こんなもんさ」という思いで、私はこの一件を締めくくり、今後このことを人に話すのはやめようと心に決めた。e0172753_2014149.jpg

 
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by fufu6k | 2009-02-24 01:35