陶芸と、星占い、タロットカードを、職業にしています。体験をもとにした、心、魂の世界についてのエッセイです。


by fufu6k
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2009年 02月 25日 ( 2 )

隠されたもの Ⅰ

                      占いのホームページ SPACE・和


 
 オカルトという言葉を百科事典で調べると、「隠されたもの」という意味のラテン語の言葉が語源であると書いてある。事典によると、オカルトとは、「隠されたもの。目で見たり、手で触れて感じたりすることのできないもの」である。

 オカルトという言葉はまた、何か怪しげなもの、邪道と思われることを非難する時、しばしば使われた。
 常識に反する、新しい理論や、異端の宗教などを攻撃する時、オカルトという言葉を非難のレッテルのように使ったのである。そのためか、オカルトという言葉には、暗いイメージがつきまとう。不気味な心霊現象を扱った映画を、オカルト映画と言うが、この手の怖い映画も、オカルトという言葉のイメージダウンにひと役買っている。
 
 手で触れたり、目で見たりして、存在を確かめることができるのは、物体である。この世の現実は、物質、物体で構成されているから、すべて目で見、手で触って確認できる。
 しかし、オカルトという言葉が大昔から存在することでもわかるように、現実というのは、物質、物体だけて構成されているのではない。物質、物体ではないもので構成されている、もうひとつの世界がある。よく考えれば、心というものも、肉眼で見たり、体で触れたりすることのできないものである。長い人生の、すべての喜びと苦しみの源である、心というものは、隠されたもうひとつの世界、オカルトの世界に属しているとも言えるだろう。
 
 勉強部屋で父の魂を見てから、私は、目に見える現実がすべてではないと思うようになっていった。テーブルクロスをめくると、テーブルの板が現われるように、私達が普通に認識している現実というものの下に、本当の、本物の、“真実”が隠れているのだと思い込むようになった。
 目に見える現実とは、テーブルクロスのように薄っぺらいもので、その下に存在するもうひとつの世界こそ、はかり知れないスケールと重みを持ったもののように思えた。
 
 二十歳前の夢見がちな頭で、私はいろいろな想像をめぐらした。
 仮に自分の部屋から屋根を突き抜け、どんどん上へ昇っていったらどうなるだろう。まずはこの家の屋根が見え、それからこの町の密集した家々の屋根や道路を俯瞰し、さらに東京都を眼下に眺め、さらに上昇して日本列島や中国大陸や太平洋を見、どんどん昇って雲を突き抜け、ついに地球の外に出る。
 私は遥か下の青い地球を眺めながら、漆黒の宇宙空間に漂っている。そうなったら、物質で構成されている現実の下に隠れている、もうひとつの世界、揺るぎない真実を、あますところなく理解できるだろう……!
 
 そうなりたいと思った次の瞬間、これは死ぬことだと気付いた。広大な宇宙空間に漂うのは、私の肉体ではなく、魂なのだ。隠された、揺るぎない真実の世界を、あますところなくわかった時、私は仏になっている、と。
 
 宇宙空間に、奈良の大仏より大きい、巨大な仏様が浮かんでいる様を想像したこともある。菩薩だか、如来だかわからないが、とにかく仏像の姿をしたその仏様は、両性具有で、なんと男女の性器をそなえているのだ。
体の中に春の芽吹きのようなむらむらしたものを感じ、多分に色気づいていた当時の私は、その仏様が男性でも女性でもない、中性の存在と考えるのが、つまらなかったのである。中性の存在から、生命は生まれない。両性具有の巨大な仏は、自分で子作りのための営みをし、歓喜に浸りながら、ダイナミックに、おおらかに、新しい命を次々に誕生させるのだ。
 
目に見える現実の下に隠れている世界について、もっと知りたいと思ったが、どうしていいかわからなかった。真理の探究をするには、哲学か宗教に関する本を読むのがいいだろうとは思ったが、何故か手が出なかった。そういう種類の本は、文章が難解で、眠くなるのがオチだろうと思ったし、私は隠された世界について、知識を深めたり、論理的に理解したりしたいのではなかった。父の魂を見た時のように、その存在を理性だけではなく、感覚で納得したかったのだ。

隠された世界を、真に理解することができたら、もう死んでもいい……。本気で死んでもいいと思ったわけではないが、隠された世界を理解することは、私の人生の究極の目的のように思えた。
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by fufu6k | 2009-02-25 14:58

窓辺のフフ

                       占いのホームページ SPACE・和 


 
 フフは、私が墓地で、父に向かって瞑想をしていた時、光の流れに乗ってやって来た。
 フフの登場を、私はそんなふうに想像した。遊園地のウォータースライダーで遊んでいる子供のように、はしゃぎながら、笑いながら、ものすごいスピードで、フフは地上に降りてきた。

 しばらくの間、私はフフの存在に気付かなかった。
 そういえば、掃除機をかけたり、あれこれ考え事をしながら、部屋を歩き回ったりしている時、空中にごく小さな光を見ることはあったのだ。それは白く、時には青く、一瞬きらっと光って、消えてしまう。
 頭上にほのぼのと温かく、何かおかしなものがいて、そのものが自分を眺めているように感じたこともある。
 でも、そんなことは、すぐ忘れてしまう。私の日常は、占いや陶芸教室の仕事をしたり、陶器の製作に没頭したり、お金の計算をしたり、うまくいかない人間関係に頭を痛めたりすることで、大半が埋めつくされているからだ。

 夏が終わり、秋の虫の声が、家のまわりの草むらから聞こえ始めた頃、突然フフはその姿を現わした。秋の展示会に出品する作品の目途が立ったので、ホッとしてひとりでビールを飲んでいる時だった。開け放した窓から、虫の声とともに、草の香りが漂い、心地よい酔いに身を任せて、私は数分うとうとした。

 そして……。
 コトンというかすかな物音に目をあけると、窓辺に不思議なものがいた。

 雑然と並べてある陶芸作品の間に、足をブラブラさせながら、フフは腰かけていた。その時のフフは、身長が30センチくらいで、まるで人形作家が作った人形のようだった。しもぶくれのほっぺたは可愛かったが、バサバサの髪と細い目は、ちょっとシュールな感じがしたし、薄茶色の瞳は、どこを見ているのかわからない、謎めいた光を帯びていた。

「フフ」
 私の胸の中心から、声にならないささやきのようなものが聞こえてきた。そのささやきと同時に、フフはゆっくりと私のほうに顔を向け、かすかに首をかしげて、今度は前よりも焦点の定まった目で、じっと私をみつめた。 柔らかな薄茶色の瞳は、信じられないほどの強い力を持っていた。その瞳の前では、私の心はガラス張りも同然で、人に知られたくない弱点も、隠しておきたい汚さも、嘘もごまかしも、すべて見透かされていた。

 フフの瞳をみつめながら、同時に私は、自分の心をみつめていた。私の心の透明な部分、柔らかな、温かい部分、曖昧な濁った部分、どす黒い塊のような部分、それらがくっきりと映像のように見えていた。それはけっして嫌な感覚ではなかった。すがすがしいと言ってもいいくらいの冷静さで、私は自分の心を、あたかも別の生き物を見るかのように、眺めていた。

 自分の心の汚さ、醜さを見ても、苦しくならなかったのは、フフの瞳が愛にあふれていたからだと思う。澄み切ったその瞳は、可憐なその姿は、愛そのものだった。

 不思議な感動に包まれて、私は深く息を吸った。その呼吸とともに、フフはにっこり笑ったかと思うと、すうっと消えていった。e0172753_16514864.gif 
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by fufu6k | 2009-02-25 01:19