陶芸と、星占い、タロットカードを、職業にしています。体験をもとにした、心、魂の世界についてのエッセイです。


by fufu6k
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2009年 04月 03日 ( 1 )

2009年のお正月

                     占いのホームページ SPACE・和



 穏やかに、静かに、新しい年が明けた。紅白歌合戦を、ビールを片手に見、行く年来る年の画面を眺めて、初詣に行った気になり、『年の初めのさだまさし』を見て、叔母と馬鹿笑いし、夜中の3時まで起きていたので、疲れて夢も見ずに熟睡した。初夢を取り逃がした。

 元日というのは、色で言うと、白のイメージがある。ガラス戸を通して部屋に射し込む、午前の陽の光の白っぽさ。改まった新鮮な気分や、何もしなくていいという開放感の裏側にある、どことなく白けた、虚しい気持ち。昨日の続きの今日でしかないのに、この地上の全ての人間が、しきたりを守り、イベントを作って、新しい時間が始まるのだと、懸命に思い込もうとする、そのわざとらしさ、しらじらしさ……。

 ふだんは神棚など、見向きもしないのに、この日だけは、榊を飾り、お神酒をそなえた神棚に手を合わせ、神妙に一年の無事を祈る。お雑煮をいただく。友人から届いた、スヌーピーの絵が描いてある、かわいい年賀状を見て、微笑む。

 暮れの大掃除で奮闘したのが原因で、叔母が腰が痛いと言い出した。冷えるから、初詣はやめたほうがいいかも。そうね、うちであったかくしてるわ。あたし、どうしようかな、やっぱりお参りしないと気持ち悪いから、一人で行ってくる。
 最も近いお寺は、深大寺である。
 バスで10分程度である。でも……、一人で初詣かぁ……、ちょっと淋しい……! こんなの初めて……! でも行っちゃおう。

 おせちと一緒にいただいた日本酒のほろ酔い気分に押されて、バスに乗った。あんなに寝たのに、まだ眠い。道がすいているので、お寺もすいているかと思いきや、参道は人で埋まり、ガードマンが交通整理をしていた。

 クリスマス過ぎから、東京に来ている。空いている時間に、ぽつぽつと『フフ』の原稿を書いていた。このエッセイを始めてから、フフはいつも、なんとなく頭の片隅にある。書くべきテーマに、フフをどのようにからめていこうかと、考えているうちに、フフの存在感がしだいに確かなものになってきた。

 フフは私が創り出した、架空の天使だが、フフを描写したり、フフという存在の意味について考えたりしているうちに、フフが実在するのではないかと思ってしまうことがある。
 初詣の参拝客に埋もれて、参道をのろのろと動いている時、フフは私の頭上にいた。水素ガスの風船のように、ぽっかりと空に浮かんで、フフはお寺を眺めたり、私を見下ろしたりしていた。一本の糸で、私はフフとつながっていた。ほっこりと温かいものが、私の心を包んでいた。

 まわりの人の会話が、耳に飛び込んでくる。感覚が妙に研ぎ澄まされ、私は周囲の人々の言葉に聞き入った。

「まいったね、こんなだとは思わなかったよ」……混んでいることをぼやいている男性。連れの女性が言っている。「近所の人だけかと思ったら、ほら、バスで来てる人がたくさんいるよ。遠くから来るんだね。やっぱり東京は違うのかな。田舎じゃ、お参りは近所の神社なんかでささっと済ますもんね」「昔行った京都も混んでたぜ。八坂神社、もうぎっちぎち」

 女性の二人連れ。「お母さんが、数の子買ってあるっていうから、買わなかったら、昨日、冷蔵庫、いくら探しても、数の子みつからないって。ほんとに買ったのって聞いたら、あれっ、ひょっとしたら、この間スーパーで、買おうと思って、でもこんなにたくさんあっても結局食べないかと思って、買わなかったかもしれない、だってさ」「ハハハ。よくあるハナシだ」「まあ、食べ物はいっぱいあるしね。うまいかどうかは別にして」
「……。結構寒いねえ。あたし、うちにいるときの格好で来ちゃった。コート着ちゃえば、わからないもんね」「でも、その帽子、素敵じゃない」「ファッションというより、防寒よ。あれっ、お賽銭、千円も出すの?」「だって、小銭、ないんだもん。見事にないよ」「お金持ちぃ。細かいの、貸してあげようか」「うーん、どーしよー」

「見て見て。あの犬、お父さん犬そっくり」……若いカップルの彼女。この寒いのにジーンズの短パン!「ほんとだー」……ちょっと気の弱そうな彼。
 彼女の視線の先には、ソフトバンクのCMに出てくる、白いお父さん犬にそっくりの犬が、毛皮を着た中年の女性に連れられていた。

 帰りのバスに乗るにも、長蛇の列。買ってもらった綿菓子を、今食べたいと男の子がぐずっている。「だめだめ、これからバスに乗るんだから」「いつもはいいって言うじゃん」「あれはお祭のときでしょ。今日は、初詣だから、ダメ!」
「ボク、ひとりでバスに乗るぅ」「ダメよ。あんた一人で乗ったら、お金かかるじゃない」

 バスの中は、それこそぎっちぎちで、身動きもままならない。始発の深大寺から、すでに車内はいっぱいなのに、途中の停留所で、さらに人が乗ってくる。そのたびに、お詰めください、と繰り返していた、若い運転手さん。次は○○です、という停留所案内の車内アナウンスのあと。「え~、いちおう、止まってみたいと思いま~す」
 三人、乗り込んできた。「あと三名、乗ります。みなさん、がんばってくださ~い」
 さざなみのように、車内に笑いが広がった。きりきり苛立っていた乗客の神経が、運転手さんのユーモラスな言葉でほぐれ、そのあと、乗り降りの客のために、皆が気持ちよく譲り合うようになった。

 ユーモアの大切さを、運転手さんから教えられた気分だったが、彼の神経は実は相当尖っていたようだ。バスを降りて、歩いていると、一緒に降りたグループの話し声が、うしろから聞こえてきた。「今の運転手さん、面白かったね。マイクはずしたとき、ったくもう、やってられねえよ、だってさ。あたし、真後ろにいたから、聞こえちゃったのよ」

 平凡な日常。ありふれた風景。どうということのない会話。みんな、どんな思いで、どんな人生を送っているのだろう。笑ってお賽銭の話をしている人が、深刻な問題を抱えているかもしれない。ストラップをカチャカチャ鳴らしながら、ケータイをいじっている女の子が、今年、大変なドラマを経験するかもしれない。

 人生は、一筋縄ではいかない、と、私のクラスメイトが話していた。そう、人生は、あなどれない。浮き立つ幸福も、どん底の地獄も、用意されている。誰もが、乗り越えなければならない問題を抱えている。人生という、魂の修業は、危険と隣り合わせでもある。

e0172753_0584398.jpg 宇宙船地球号は、四十数億個の人生を乗せて、今日も、神という海を航海している。
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by fufu6k | 2009-04-03 22:40