陶芸と、星占い、タロットカードを、職業にしています。体験をもとにした、心、魂の世界についてのエッセイです。


by fufu6k
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2011年 04月 13日 ( 2 )

震災 Ⅱ

                     占いのホームページ SPACE・和



 食事をとる前に、仕事先に携帯で電話をかけたが、つながらなかった。東京の叔母と妹が心配だったので、初めに叔母、次に妹に電話したが、やはりつながらなかった。何のための携帯なんだ! と腹が立った。こんなときこその携帯でしょうが!

 ご飯を食べ終わったころ、妹から携帯に電話がかかった。こちらからはかけられないけれど、受信はできるようだ。
 無事を確認しあい、お互いにやや気持ちが高ぶっているので、しばらく喋った。停電なので、やることがなく、おしゃべりは楽しかったのだ。東京の家の、門の一部が壊れたが、あとはみな無事だと言っていた。妹と話をしているとき、ときどき小さな余震があった。こっちも揺れてると妹は言い、船に乗ってるみたいとつぶやいた。
 テレビの音が聞こえたので、テレビ見れるの? と聞くと、「見てるよ。あっ、すごい、すごい、津波が、水がもくもく、もくもく……、あっ、船が、船が……」と、一人で興奮していた。なにやら大変なことが起きているらしいことはわかった。
 電池の残量が気がかりだったので、ほどほどにして電話を切った。妹からの電話の直後に、叔母からも電話があり、無事を確かめ合った。

 ストーブの火をみつめながら、今夜をどうして過ごそうかと、思案しているとき、都内に住む友達からメールか来た。仕事場から自宅まで、普段は車で15分程度のところが、一時間半もかかっていると書いてあった。渋滞で、私は缶詰状態です……。
 地震で、止まっている電車があり、それで道が混んでいるのだと思った。送信時間を見たら、そのメールは、友達が送ってから2時間半もかかって、私の携帯に届いたことがわかった。

 そのメールのあと、その友達とのメールのやりとりは、スムーズにできた。彼女はやっとの思いで家にたどりつき、どこかエキサイトした気分で、すごい勢いで晩御飯を食べ、ひと息ついて、ことの重大さをあらためて感じ、こわくなったそうだ。
 闇の中にいるので、何もすることがないとこぼすと、「ははは、ローソクじゃ、本も読めないね。ラジオはないの?」と言ってよこした。ラジオは押入れの奥だ。それに、ラジオに使う電池の買い置きがない。

 9時近くになって、布団に入った。余震がときどきあるので、いつでも逃げられるように、服を着たまま寝ようかと迷ったが、結局、下着の上にパジャマを着た。貴重品をバッグに入れて、懐中電灯、携帯とともに、枕元に置いた。すっかり災害モードになっていた。

 くだんの友達が、今夜は夫も息子もよそへお泊りだと書いてきた。交通マヒで家に帰れないのだ。心細いのだろう、彼女は続けてメールをよこした。
 お台場が燃えてるらしいよ、と書いてあったので、びっくりして、携帯のヤフーを見た。都内13箇所で火災発生というニュースが出ていた。、世界で五番目の大地震という文字も躍っていた。……なんですって!

 ヤフーしか情報源がないのがもどかしかった。携帯をワンセグにしておけばよかったと思った。それにも増して、電池で充電する充電器を買っておけばよかったと思った。電話もテレビもパソコンも使えないのだから、外界とつながる手段は、携帯しかないのだ。

 深夜0時近くなっても、断続的に防災無線の放送があった。こんな時刻まで、何度も防災無線が聞こえるのは、異常と言うしかない。
 夕方は、市内全域停電、と言っていたが、この時刻になると、山梨県全県停電、と伝えていた。「福島原子力発電所の安全確認のため、全県で停電が発生している、停電にともない、断水の恐れもある」「東北地方に大きな災害が起きたため、停電が発生している」といった内容を、繰り返し伝えていた。
 地震の震源について、三陸沖と言ったり、福島沖と言ったりしていた。防災無線は、まわりの山に音がこだましたりして、聞き取りにくいのだが、地震の場所について、いくつかの地名を言っていた。その時点では、まさかこれほど広範囲にわたっているとは知らなかったので、市の職員のミスかもしれないと思った、

 とは言え、ことの重大さは、じわじわと心に伝わってきた。妙に現実離れした感じもした。悪夢のようだ。
「なんか、日本沈没の映画みたい」そうメールすると、友達からすぐに返事が来た。
「そう、私もそう思う。……怖いね」

 うとうとしていると、メールの着信音が鳴った。午前2時半だ。別の友達からだった。彼は、都内の電車がすべて止まっていること、会社から自宅まで、歩いて帰ったことを書いてきた。1時間40分かかったけれど、自分はまだ近いほうだと、言っていた。
 ヤフーの交通情報を見ようとしたが、”接続できません”という表示が出た。
 彼からのメールは、発信から着信まで、なんと5時間もかかっていた。

 余震がおさまり、やっと眠れたが、明け方、強めの余震で目が覚めた。東北地方の余震がまた始まったかと、憂鬱になった。翌日わかったことだが、それは長野が震源の地震だった。
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by fufu6k | 2011-04-13 02:42

震災 Ⅰ

                   占いのホームページ SPACE・和


 3月11日、午後2時46分。私はパソコンに向かっていた。タロット教室で使う教材を作り、保存をかけて、プリントアウトしようとした。そのとき、グラッと揺れた。

 反射的に立ち上がった。棚の上段に重ねて置いてある角皿が、カタカタ鳴っていた。危ないかなと思い、角皿を両手で押さえて、しばらく待ったが、揺れは止まらない。不安になって、角皿を床に下ろしたが、棚の隣のピアノの上に並べてある、丈の高い花瓶類やオブジェが、ゆらゆら揺れているのが目に入った。

 そろそろ止むだろうと思いながら、揺れている作品を手で押さえたが、作品はいっそうグラグラしだし、倒れる危険を感じ始めた。この時点で、本当にこわくなった。

 これは、今まで経験したことのない地震だ!

 重い陶器の作品が落ちてきたら、怪我をする恐れがある。重量のあるやきものは、凶器になる。私は急いで、作品を床に下ろした。そうこうしているうちに、いちばん端にあった小型の花瓶が、床に落ち、その弾みで、そのそばに飾ってあった、大きな写真が、すべり落ちた。それらを片付け、テーブルの下にもぐりこもうとして、以前テレビで、地震のときは玄関の戸を開けて、避難路を確保しておくことが大切と、言っていたのを思い出した。急いで玄関に行こうとしたとき、パソコンの電源が切れているのが目に入った。停電だと思いながら、玄関を開けると、近所の人がみな、外に出ていた。
 隣の住人と喋っているうちに、揺れはおさまった。
 ファイルの保存をかけておいてよかったと思いながら、家の中に入った。まだ心臓がドキドキしていた。

 ここ、富士吉田市は、雷が落ちたりすると、よく停電する。30分もすれば電気がつくので、初めは、どうせすぐに復旧するだろうと、楽観していた。とはいえ、電気がなければ、パソコンが使えず、蛍光灯がついていないと、細かい手作業や絵付けもやりづらく、仕事にならない。掃除機が使えないので、掃除もできない。
 手持ち無沙汰にうろうろしていた。30分たっても電気はつかなかった。

 ひょっとしてこの停電は、長引くのかしらと思い始めた。暗くなっても電気がつかない場合を思って、戸棚の奥から懐中電灯とローソクを探し出し、コンビニに夕飯を買いに出かけた。
 外へ出ると、市の防災無線の放送が聞こえた。市内全域が停電しており、復旧のメドが立っていないことを伝えていた。これは、おおごとになったと思いつつ、通りへ出ると、当然のことだが、店はどこも薄暗く、信号機は灯が消えて、お巡りさんが交通整理をしている。この異常な光景を見て、危機感が迫ってきた。
 コンビニは、これも当然のことだが、レジが使えず、店員さんが、計算機で会計をしている、いちいち商品の値段を調べ、数字を打っていくので、時間がかかり、レジは長蛇の列。パンや即席ラーメンの棚はすでに空だった。電子レンジが使えないので、温めないとおいしくない弁当類は、かなりの量が残っていた。

 コンビニを諦め、家に戻った。ガスは使えるので、ガスでご飯をたくことにし、暗くならないうちに夕飯の支度をすることにした。
 防災無線が、復旧のメド立たずと、繰り返していた。近所のおばさんが、電力のおおもとが、ダメになってるらしいよ、と、やや緊迫した声で喋っていた。
 
 食事を作りながら、冷静でいようと、自分に言い聞かせていた、アドレナリンが多めに出ている感じ。どこか高揚している自分がいた。
 食事を作り終えたころ、暗くなった。ローソク二本に火をともし、ファンヒーターが使えないことに気づいた。しばらく使ってなかった灯油ストーブを引っ張り出した。電気がないと、こうもいろいろなことができないのだと、思い知らされながら、暗い中で、味気ない食事をとった。
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by fufu6k | 2011-04-13 02:33