陶芸と、星占い、タロットカードを、職業にしています。体験をもとにした、心、魂の世界についてのエッセイです。


by fufu6k
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震災 Ⅳ

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 大地震の翌日、給湯器が壊れた。
 ここ富士山麓は寒冷地で、冬場は夜の気温が零下10度近くになる。凍結防止のために、給湯器に電気を流す仕組みになっている。一晩中、停電していたので、給湯器の電流がストップし、部品が凍って破損したのだ。
 朝からお湯が使えず、ガス会社に連絡すると、うちと同様の事故が200件以上あり、部品が足りず、修理は翌週になると、すまなそうな声で答えてくれた。ふだんなら、不機嫌になるところだが、この非常時だ。わかりましたと愛想よく応じ、翌週の修理をお願いして、電話を切った。

 お湯が出ない。今夜、お風呂に入れない。

 こんなときは、温泉だ!

 この近辺には、温泉がたくさんあるのだ。

 山中湖にある、富士山が見える露天風呂をそなえた施設がお気に入りなので、そこへ行った。以前、近所の人とよく行った場所だが、一人で行くのは初めてだった。

 晴れた空を背景に、白く、均整のとれた美しさでそびえている山を見上げながら、ひとつの懸念が胸を横切った。今朝、長野県でも大きな地震が起きたと知ったときから、心の底に湧いた不安だ。ニュースを見ていくうちに、長野だけではなく、新潟、群馬でも、地震が起きていたことを知った。
 長野、新潟、群馬の地震は、東北大地震の余震とは言えない。これは、マグニチュード9という、物凄い地震の影響で起きた、別の地震だ。この地殻変動のエネルギーが、富士山に影響を与えていないだろうか。

 十年ほど前、富士山では低周波地震が観測され、その後、ハザードマップが作られた。当時、週刊誌が富士山噴火について書きたて、地元の新聞には、樹海の地面から、水蒸気が立ち昇っているという記事が載った。
 今度の大地震は、千年に一度と言われる、大変な規模の地殻変動の結果、起きたものだ。何かしらの刺激を、この優美な山に与えているのではないだろうか。

 お湯につかって、思いきり手足をのばしながら、頭の隅でそう考えていた。富士山が噴火したとき、溶岩がどの方向に流れるかにもよるが、山梨側に流れてきたら、このあたり一帯は丸焼けになるのだ。津波がいくつもの町を押し流したように、この山が噴き上げる火は、富士吉田市も、河口湖町も、山中湖村も、壊滅状態にするのだ。テレビ画面に、焼けただれた富士吉田が映っているさまを、想像してしまった。

 脱衣所で服を着ていると、地元の人が喋っている声が聞こえた。
 「富士山はだいじょうぶかしらねえ」私とまったく同じ心配をしていた。
 その人たちは、放射能の心配もしていた。彼らの知りあいは、大阪へ逃げると言っているらしかった。

 休憩所のテレビが、原発のニュースを流していた。美しい富士山と、暖かい陽射しを浴びている木立と、豊かに湧き出るお湯……。この平和な午後のひとときと、テレビの映像とのギャップに、気持ちが落ち着かなかった。

 放射能汚染が広がったら、どうしたらいいのだろう。富士山にもしものことがあったら……。いつ、自分が被災者になるかもわからないという不安は、この日からしばらくの期間、しこりのように胸の奥にわだかまっていた。

 
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by fufu6k | 2011-04-17 16:30

震災 Ⅲ

                     占いのホームページ SPACE・和



 トイレに行きたくなって目が覚めた。浅い眠りだった。
 階下に下りると、リビングの電気がついていた。停電のあと、電気のスイッチを切っておかなかったのだ。時計を見ると、午前6時をまわっていた。
 
 よかった、復旧した、と喜び、飛びつくようにテレビをつけた。   
 画像が現われたとたん、私は口をポカンと開けてしまった。津波に襲われたあとの、想像を絶する海辺の町の光景が映っていた。画面の下に、陸前高田市は、ほぼ壊滅状態、という文字があった。市が……丸ごと…消えた?
 次々に東北地方沿岸の光景が映し出された。
 前夜の映像だろう。石油コンビナートが広範囲にわたって燃えていた。
 昨日の津波の映像も映った。大きな船が、楽々と堤防を越え、車が木の葉のように何十台も流されていく。

 映像の下方に流れるテロップの文章も、驚くべきものだった。菅総理とオバマ大統領が、ホットラインで話をし、アメリカは全面的な支援をすると言っている。その他、各国から、援助の申し出がある。菅総理は今朝、ヘリコプターで福島原子力発電所へ飛んだ。
 ゆうべの防災無線で、福島原発で何か問題が生じたことはわかっていた。菅さんがまっさきに福島へ飛んだということは、きっと深刻な事態になっているのだ。嫌なことになったと思った。

 着替えることも忘れて、パジャマのまま、小一時間もテレビの前にいた。被害の全貌がわかり、愕然とした。
 日本沈没の映画みたい、と、友達とメールで言い合ったことを思い出した。あの映画が現実のものになったような気分だった。

 大地震の翌日、翌々日は、ほとんどテレビを見て過ごした。書かなければならない原稿があったが、仕事が手につかなかった。
 NHKも民放も、すべての放送局が、CMなしでこの大災害について報じていた。何が起きたのか、今、どうなっているのか、このことについて、しっかり見ておかなければならない、どんな映像も、目に焼きつけ、どんな情報も、聞き漏らすことなく、耳に入れようと思った。
 そうしなければならないのだ。繁栄と衰退はあるが、おおむね平和に、現代文明を享受してきた日本人が、大変な岐路にさしかかっているのだという気がした。

 山梨の隣の長野県で、大きな地震が発生したこともあり、この大震災が、他人事とはとても思えなかった。3月12日の、この時点では、福島原発の事故の状態はわからず、災害が経済に与える影響も予測できなかったが、のちに政治家の人々が言ったように、この大震災は国難だと思った。東北と関東のみではなく、日本という国が、たいへんな打撃を受けたのだ。
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by fufu6k | 2011-04-14 16:25

震災 Ⅱ

                     占いのホームページ SPACE・和



 食事をとる前に、仕事先に携帯で電話をかけたが、つながらなかった。東京の叔母と妹が心配だったので、初めに叔母、次に妹に電話したが、やはりつながらなかった。何のための携帯なんだ! と腹が立った。こんなときこその携帯でしょうが!

 ご飯を食べ終わったころ、妹から携帯に電話がかかった。こちらからはかけられないけれど、受信はできるようだ。
 無事を確認しあい、お互いにやや気持ちが高ぶっているので、しばらく喋った。停電なので、やることがなく、おしゃべりは楽しかったのだ。東京の家の、門の一部が壊れたが、あとはみな無事だと言っていた。妹と話をしているとき、ときどき小さな余震があった。こっちも揺れてると妹は言い、船に乗ってるみたいとつぶやいた。
 テレビの音が聞こえたので、テレビ見れるの? と聞くと、「見てるよ。あっ、すごい、すごい、津波が、水がもくもく、もくもく……、あっ、船が、船が……」と、一人で興奮していた。なにやら大変なことが起きているらしいことはわかった。
 電池の残量が気がかりだったので、ほどほどにして電話を切った。妹からの電話の直後に、叔母からも電話があり、無事を確かめ合った。

 ストーブの火をみつめながら、今夜をどうして過ごそうかと、思案しているとき、都内に住む友達からメールか来た。仕事場から自宅まで、普段は車で15分程度のところが、一時間半もかかっていると書いてあった。渋滞で、私は缶詰状態です……。
 地震で、止まっている電車があり、それで道が混んでいるのだと思った。送信時間を見たら、そのメールは、友達が送ってから2時間半もかかって、私の携帯に届いたことがわかった。

 そのメールのあと、その友達とのメールのやりとりは、スムーズにできた。彼女はやっとの思いで家にたどりつき、どこかエキサイトした気分で、すごい勢いで晩御飯を食べ、ひと息ついて、ことの重大さをあらためて感じ、こわくなったそうだ。
 闇の中にいるので、何もすることがないとこぼすと、「ははは、ローソクじゃ、本も読めないね。ラジオはないの?」と言ってよこした。ラジオは押入れの奥だ。それに、ラジオに使う電池の買い置きがない。

 9時近くになって、布団に入った。余震がときどきあるので、いつでも逃げられるように、服を着たまま寝ようかと迷ったが、結局、下着の上にパジャマを着た。貴重品をバッグに入れて、懐中電灯、携帯とともに、枕元に置いた。すっかり災害モードになっていた。

 くだんの友達が、今夜は夫も息子もよそへお泊りだと書いてきた。交通マヒで家に帰れないのだ。心細いのだろう、彼女は続けてメールをよこした。
 お台場が燃えてるらしいよ、と書いてあったので、びっくりして、携帯のヤフーを見た。都内13箇所で火災発生というニュースが出ていた。、世界で五番目の大地震という文字も躍っていた。……なんですって!

 ヤフーしか情報源がないのがもどかしかった。携帯をワンセグにしておけばよかったと思った。それにも増して、電池で充電する充電器を買っておけばよかったと思った。電話もテレビもパソコンも使えないのだから、外界とつながる手段は、携帯しかないのだ。

 深夜0時近くなっても、断続的に防災無線の放送があった。こんな時刻まで、何度も防災無線が聞こえるのは、異常と言うしかない。
 夕方は、市内全域停電、と言っていたが、この時刻になると、山梨県全県停電、と伝えていた。「福島原子力発電所の安全確認のため、全県で停電が発生している、停電にともない、断水の恐れもある」「東北地方に大きな災害が起きたため、停電が発生している」といった内容を、繰り返し伝えていた。
 地震の震源について、三陸沖と言ったり、福島沖と言ったりしていた。防災無線は、まわりの山に音がこだましたりして、聞き取りにくいのだが、地震の場所について、いくつかの地名を言っていた。その時点では、まさかこれほど広範囲にわたっているとは知らなかったので、市の職員のミスかもしれないと思った、

 とは言え、ことの重大さは、じわじわと心に伝わってきた。妙に現実離れした感じもした。悪夢のようだ。
「なんか、日本沈没の映画みたい」そうメールすると、友達からすぐに返事が来た。
「そう、私もそう思う。……怖いね」

 うとうとしていると、メールの着信音が鳴った。午前2時半だ。別の友達からだった。彼は、都内の電車がすべて止まっていること、会社から自宅まで、歩いて帰ったことを書いてきた。1時間40分かかったけれど、自分はまだ近いほうだと、言っていた。
 ヤフーの交通情報を見ようとしたが、”接続できません”という表示が出た。
 彼からのメールは、発信から着信まで、なんと5時間もかかっていた。

 余震がおさまり、やっと眠れたが、明け方、強めの余震で目が覚めた。東北地方の余震がまた始まったかと、憂鬱になった。翌日わかったことだが、それは長野が震源の地震だった。
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by fufu6k | 2011-04-13 02:42

震災 Ⅰ

                   占いのホームページ SPACE・和


 3月11日、午後2時46分。私はパソコンに向かっていた。タロット教室で使う教材を作り、保存をかけて、プリントアウトしようとした。そのとき、グラッと揺れた。

 反射的に立ち上がった。棚の上段に重ねて置いてある角皿が、カタカタ鳴っていた。危ないかなと思い、角皿を両手で押さえて、しばらく待ったが、揺れは止まらない。不安になって、角皿を床に下ろしたが、棚の隣のピアノの上に並べてある、丈の高い花瓶類やオブジェが、ゆらゆら揺れているのが目に入った。

 そろそろ止むだろうと思いながら、揺れている作品を手で押さえたが、作品はいっそうグラグラしだし、倒れる危険を感じ始めた。この時点で、本当にこわくなった。

 これは、今まで経験したことのない地震だ!

 重い陶器の作品が落ちてきたら、怪我をする恐れがある。重量のあるやきものは、凶器になる。私は急いで、作品を床に下ろした。そうこうしているうちに、いちばん端にあった小型の花瓶が、床に落ち、その弾みで、そのそばに飾ってあった、大きな写真が、すべり落ちた。それらを片付け、テーブルの下にもぐりこもうとして、以前テレビで、地震のときは玄関の戸を開けて、避難路を確保しておくことが大切と、言っていたのを思い出した。急いで玄関に行こうとしたとき、パソコンの電源が切れているのが目に入った。停電だと思いながら、玄関を開けると、近所の人がみな、外に出ていた。
 隣の住人と喋っているうちに、揺れはおさまった。
 ファイルの保存をかけておいてよかったと思いながら、家の中に入った。まだ心臓がドキドキしていた。

 ここ、富士吉田市は、雷が落ちたりすると、よく停電する。30分もすれば電気がつくので、初めは、どうせすぐに復旧するだろうと、楽観していた。とはいえ、電気がなければ、パソコンが使えず、蛍光灯がついていないと、細かい手作業や絵付けもやりづらく、仕事にならない。掃除機が使えないので、掃除もできない。
 手持ち無沙汰にうろうろしていた。30分たっても電気はつかなかった。

 ひょっとしてこの停電は、長引くのかしらと思い始めた。暗くなっても電気がつかない場合を思って、戸棚の奥から懐中電灯とローソクを探し出し、コンビニに夕飯を買いに出かけた。
 外へ出ると、市の防災無線の放送が聞こえた。市内全域が停電しており、復旧のメドが立っていないことを伝えていた。これは、おおごとになったと思いつつ、通りへ出ると、当然のことだが、店はどこも薄暗く、信号機は灯が消えて、お巡りさんが交通整理をしている。この異常な光景を見て、危機感が迫ってきた。
 コンビニは、これも当然のことだが、レジが使えず、店員さんが、計算機で会計をしている、いちいち商品の値段を調べ、数字を打っていくので、時間がかかり、レジは長蛇の列。パンや即席ラーメンの棚はすでに空だった。電子レンジが使えないので、温めないとおいしくない弁当類は、かなりの量が残っていた。

 コンビニを諦め、家に戻った。ガスは使えるので、ガスでご飯をたくことにし、暗くならないうちに夕飯の支度をすることにした。
 防災無線が、復旧のメド立たずと、繰り返していた。近所のおばさんが、電力のおおもとが、ダメになってるらしいよ、と、やや緊迫した声で喋っていた。
 
 食事を作りながら、冷静でいようと、自分に言い聞かせていた、アドレナリンが多めに出ている感じ。どこか高揚している自分がいた。
 食事を作り終えたころ、暗くなった。ローソク二本に火をともし、ファンヒーターが使えないことに気づいた。しばらく使ってなかった灯油ストーブを引っ張り出した。電気がないと、こうもいろいろなことができないのだと、思い知らされながら、暗い中で、味気ない食事をとった。
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by fufu6k | 2011-04-13 02:33

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 ここ富士山麓の桜は、まだ蕾です。

 今年の桜は、日本中の人々にとって、特別の桜になっていることでしょう。いろいろな思いを、胸の奥深くに抱いて、みんな、いつものお花見よりしんみりしたまなざしで、満開の花を見上げていることでしょう。

 桜は、華やかだけれど、すぐに散ってしまうから嫌いだと言った友人がいました。桜より梅のほうが好き、桃のほうが色がきれい、と言った友人がいました。
 私は、やっぱり、桜が好きです。一年のうちの、わずか数日間、夢のような華麗な光景を出現させる桜に、日本人の心を感じるからです。

 桜は、けんめいに咲いています。ただ、生きるために、けんめいに咲いています。

 この小さな島国に生まれて、日本人は古来、けんめいに生きてきたのです。けんめいに生きなければ、諸外国に負けてしまうから、狭い国土を大切に耕し、みずからを磨き、必死で生きてきたのです。そういう日本人のいちずさを、桜に感じます。

 大きな災害が、私の心にもたらしたもの、それは、日本人を愛する気持ちです。
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by fufu6k | 2011-04-10 01:05

震災

                       占いのホームページ SPACE・和 


 
 私のタロットのお客様のお身内が、今度の震災に遭われました。
お母さんが、大洗におられ、お姉さん夫婦が気仙沼におられて、幸い無事でしたが、安否がわかるまでの数日間、その人はテレビの前で、泣いてばかりいたそうです。

 義理のお兄さんは、気仙沼の水産会社に勤めていて、津波が来たので車で逃げましたが、道路が渋滞しており、しかたなく別の道に車を走らせたそうです。お兄さんは助かりましたが、渋滞に巻き込まれた人たちは、みな、流されたと、その人は声を震わせていました。

 彼女の話を聞きながら、あの大地震のあと、えんえんとテレビに映し出された光景が、目の裏に浮かびました。彼女の話を、私は他人事と思って聞くことができませんでした。私の家族は東京におり、実家の門の一部が壊れたくらいで、みな無事ですが、あの驚くべき災害の映像は、心に今も深く食い入り、その恐ろしさ、哀しさを、私の心は自然に共有してしまうのです。

 放射能汚染の危険もあります。東北沖の地震によって誘発された、長野や静岡の地震についても、これからまだ余震が来るかもしれません。

 いろいろな思いが交錯し、彼女と話をしながら、私は涙を流していました。

 これ以上、災害が起こりませんよう。
 一日も早く、生活を立て直せますよう。
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by fufu6k | 2011-04-06 14:03

この暑さの中

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  064.gifどこもそうでしょうが、これでもか、というほどの太陽光線が、ここ富士山麓にも降り注いでいます。
 とはいえ、ここは寒冷地なので、こんな猛暑でも、クーラーなしで過ごせます。家の脇を流れる、富士山の雪解け水を流す堀から、冷気が立ち上り、涼しい風が窓から入ってきます。
 今、夜の12時ですが、外はひんやりしてきました。

 この暑さの中、注文の品である、300個の小さなカエルを作っています。もう少しでうわぐすりを掛ける工程になり、先が見えてきました。暑いと働く意欲は失われ、なかなかはかどりません008.gif

 再来週は、大好きなS君と、ビールを飲む予定です。たまに、こわごわ、彼の気持ちをタロットで見ます。死神のような、悪いカードが出るかもしれないと、びくびくしながらやるのですが、このごろは、あまり悪いカードは出ません。展開されたカードを見て、ホッとして、気持ちが明るくなります。

 8月の末に、北海道に行きます。札幌生まれの女友達に、あちこち案内してもらいます。3泊4日の旅で、これが、私のささやかな夏休みです060.gif

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by fufu6k | 2010-07-23 00:08

河口湖のラベンダー

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 6月半ばから、24日間、開催していた、ハーブフェスティバルが、この前の日曜で終わりました。不況のせいで、作品の売り上げは落ち込み、最盛期の半分くらいでした。

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 リニューアルで売り場の位置が変わり、奥まった場所をあてがわれたことも、売り上げの落ち込みの原因のひとつです。
 ま、いつまで引きずっていても仕方がないので、気持ちを切り替え、次に進みます。
 
 制作のテーマのひとつである、結晶釉の作品は、かなり良い仕上がりでした。値段が高めなせいか、あまり売れませんでしたが、ハーブフェスティバルのような、団体ツアー客が大半のフェアより、ギャラリーに向く作品かもしれません。

 
 湖畔は気持ちよく、水の匂いを嗅ぎながら、たたずんでいると、心が洗われるようでした。「崖の上のポニョ」に出てくる、海の女神のように、大きな大きな女神が、湖から現われ、ゆったりと両手を広げて、空中に浮かんでいるイメージが、頭の中に湧いてきました。
「今日はいいことがありますよ」
 女神がそう言っているように思えました。
 そして、その日は、全体の売り上げは伸びませんでしたが、最も売れてほしい、結晶釉の作品が売れました。

 湖の女神は、本当にいるのかもしれません。
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by fufu6k | 2010-07-15 00:28

作品・Ⅱ

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 写真は、教室の生徒さんの作品で、お線香立て、お線香入れ、ローソクに火をつけたあとのマッチの燃え殻を入れる容器です。
 仏壇4点セットです。

 制作したのは、40代の女性で、元気いっぱいの美人です。義理のお姉さんの父親が亡くなったので、お姉さんにあげるために、これを心を込めて作りました。

 飾りの花が、かわいいです。

 
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 次の窯焚きのために、昨日、今日と、みっちりうわぐすりをかける作業をしました。くすりがけは、神経を使います。作品の成否は、うわぐすりで決まります。

 この次の窯は、結晶釉をやります。結晶釉というのは、焼成のときに、温度操作をして、うわぐすりの中に結晶を析出させる釉薬です。白い土にかけると、器の肌に、雪のような結晶が浮き出て、とてもきれいです。

 日本では、あまり馴染みがありませんが、韓国や台湾に、名品を作る窯元があります。
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by fufu6k | 2010-06-01 22:12

作品

                       占いのホームページ SPACE・和 


 
 無事に焼成が終わり、一昨日、窯出しをしました。

 写真は、半年ほど前から、ウチの教室に通っている、生徒さんの作品です。

 半磁器土の酒注ぎで、龍の頭と尾が付いています。
 龍の顔は、とても精巧な作りになっています。

 かなり良い出来で、作った本人、満足そうに眺めていました。
 ただ、デザインの都合で、あまりたくさんお酒が入らないのが、難点です。

 100パーセント満足できる作品というのは、なかなか出来ないものです。ここがまずい、こうすればよかった、という思いは、必ずと言っていいくらい、湧いてきます。龍を作った彼も、首を上向きにすればよかったとか、なんとか、ぶつぶつつぶやいていました。

 完全に満足してしまったら、前進はないということなのだと思います。満たされない気持ちが、次のステップへと、自分を押し出すのだと思うのです。

 不満は、より良く生きるためのエネルギー。

 いろいろな思いを心によぎらせながら、彼は自作の龍を相手に、晩酌を楽しんでいることでしょう。

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by fufu6k | 2010-05-31 22:00