陶芸と、星占い、タロットカードを、職業にしています。体験をもとにした、心、魂の世界についてのエッセイです。


by fufu6k
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輪廻 Ⅱ

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 私はエジプトでの体験を話し、自分が感じ取ったことが、本当かどうか尋ねた。霊的な存在は、チャネラーの彼女を通して、私が感じたことが全て真実であると言った。

「和代は、古代エジプトで生きていた。アクナトンの愛妾だったそうよ。廃墟のような神殿跡を見て、その神殿の当時の様をいきいきと想像できたのも、和代が実際にそれを知っていたからですって。あなたが言う通り、当時のエジプトは、豊かな緑に囲まれていたそうよ。砂漠になったのは、森を伐採したからですって」
 文明による自然破壊は、古代エジプトでも行なわれていたのか……。紀元前の時代に、先進国であったエジプトで人生を送り、今また、技術大国と言われる日本に生きて、文明による自然破壊の問題に直面している。

「古代エジプトで人生を送っていた人間のうち、多くの人が、現代に生まれてきているそうよ。文明と自然保護という問題が、その人達にとって、クリアーしなければならない課題のひとつだから」
 恨みや憎悪、執着など、人間関係や自分に関する問題だけでなく、環境破壊といった全体に関する問題も、
乗り越えなければならない人生のテーマだと、その霊的存在は言った。

 それにしても、アクナトンの愛妾だったとは……。日本に置きかえれば、大名の側室のような立場だったのかしら……。カイロ博物館で、王妃ネフェルティティの像を見た時、反感にも似た思いを抱いたことを思い出した。王の愛人なら、王妃を好きにはなれない……。

 チャネラーの彼女は、サインペンを手に取り、するすると絵を描きだした。しばらくして、エジプト風の髪型をし、華やかな胸飾りをつけた、女性の肖像が描き出された。
「これが、その時の和代よ」
「美人ね」
「だったみたいね……。もうひとつ、あなたの前世を教えてもらえそうよ」
 そう言うと、彼女は再びペンを走らせた。今度は、着物を重ねて着た上に、長い打掛をまとった、髪の長い女性の絵が現われた。平安時代か、鎌倉、室町時代の、貴族か武家の女性の姿だった。

 この前世については、しかし、この絵を描いてくれただけで、他には何も教えてもらえなかった。どの時代に生きていたのかも、どのような階級で、何をしていたのかも、全くわからなかった。

 ただ、打掛姿の絵を眺めながら、私は自分が平安時代にいたのではないかと思っていた。ティーンエイジの頃から、私は平安時代の風俗、衣装が、たまらなく好きだった。絢爛豪華な十二単はもとより、男性の正装である、衣冠束帯、御簾をおろした牛車、貴族の館が並ぶ、町の様子、中庭や渡り廊下があり、自然とひとつに溶け合うかのような、開放的な建物の風情。その頃放映していた、NHKの大河ドラマ『平家物語』を、毎週欠かさず、むさぼるように見た。

 二十歳を過ぎても、平安時代への憧れは消えなかったが、歳を重ねるにつれて、甘美な陶酔に、微妙な嫌悪感が混ざり始めた。平安時代の風俗を見ると、妙に血が騒ぐ。その魅力にうっとりするが、同時に、唾を吐きたくなるような、嫌なものを感じるようになっていった。

 この時代を題材にした小説や歴史の本から得た知識が、陰惨な想像をかきたてる。十二単の内側から、すえた臭いが漂ってくるような感じ。外側はまばゆいばかりの美しさだが、中は腐っており、腐敗を防ごうともせずに、人々は無力に、怠惰に、暮らしているだけだ。男と女のなまなましい営み、体液や精液の臭いすら、高価な打掛の下から漂ってくる。愛のための性ではなく、権力をつかみ、家を繁栄させるための道具として、女の体が使われる……。道具として使われる悲運の中にありながら、いつのまにか、性欲の虜になっていく女達……。

 きっと、そのような貴族社会の内側を、むごたらしく、汚らしい内情を、自分は知っていたのた。打掛姿の絵を眺めながら、私はぼんやりと、そんなことを考えていた。
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# by fufu6k | 2009-03-30 00:12

輪廻 Ⅰ

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 自分の前世についての“発見”を、私は心の奥深くにしまい込み、封印をした。
 この“発見”について、疑いを差しはさむことは、その後一度もなかった。自分が古代エジプトで生きていたことを、私の心は、明確にわかっていたからだ。

 同時に、これを人に話したら、どんな反応が返ってくるかも、充分に推測できた。信じてもらえないし、わかってもらえないだろう。恋人は不安そうな、困ったような顔で私をなだめ、話題をそらそうとするだろう。皆の反応が怖くて、この発見についてしゃべりたいという欲求は、全く湧かなかった。

 一人だけ、霊の話をよくする友人に、思い切って話してみたことがある。彼女は霊感が強く、霊を見たり感じたりするらしいので、私の話を受け入れてくれると思ったのだ。あの世のことに詳しい人の意見を聞いて、確信を得たかった。

 話を聞くと、彼女は何度もうなずき、目を輝かせて、そうよ、あなたはエジプトにいたのよ、と言った。あなたの背後に、エジプト風の髪型をした女の人が見えるわ……と。
 彼女があまりにもたやすく私の話を信じたので、かえって私は疑いを持った。この人は本当に私の話を理解しているのだろうか……。
 
 輪廻転生についての書物を読もうという気は、どういうわけか全く起きなかった。生まれ変わることの意味については、何の興味もなかったからだ。
 自分は古代エジプトにいた。それがわかっただけで充分だった。自分の前世を感じ取っているにもかかわらず、輪廻転生という言葉には、なんとも言えないうさんくささを感じていたので、その種の書物を毛嫌いしていたという事情もある。
 月日は流れ、私はしだいにこのことを考えなくなった。

 前世について、明確な答えを得ることができたのは、それから何年もたってからのことだ。
 私の恋人は、交際範囲が広く、彼を介してのつきあいの中から、私は一人の霊能者に出会った。彼女は、私が出会った当時は、自分の霊能を自覚していなかったが、後に霊と交信をするチャネラーになり、私は彼女がコンタクトをとっている霊的な存在から、さまざまなことを教わるようになる。
 
 そのいきさつは複雑で、いろいろな葛藤もあり、今、詳しく述べるのは控えるが、ともかく、私はその霊的な存在から、輪廻転生の意味と、エジプトでの前世についての情報を、教えられた。

 人は、何度も生まれ変わる。なぜ生まれ変わるのか。

 人間の魂は、もともと不完全なものだからだ。ほころびや歪みやシミがいっぱいある、いびつな魂。それが美しい円形の、澄み切った魂になるために、何度も地上に生を享け、言ってみれば修業をする。人生は、生れ落ちてから息を引き取るまで、勉強の場なのだ。魂の歪みを直し、美しくバランスのとれたものにするのは、とても困難な仕事なので、一回の人生では足りない。輪廻転生の原則とは、こういうものなのだ。

 美しい魂、言い換えれば、美しい心を得るために、生きているはずなのに、人間は逆の方向へ突っ走る。
 人を傷つけ、泣かせる。不幸に陥れ、地獄を味わわせることもある。生きている間に、償いきれない場合が多い。自分の魂、自分の心を、美しくバランスのとれたものにすることが、人間がやりとげなければならない、絶対的な目的なのだから、自分が傷つけた相手に対しては、必ずその償いをしなければならない。
 
 ある人生で、誰かを不幸に陥れたら、次の人生で、その人が幸せになるように努めるのだ。相手の幸せを願い、助けたり支えたりするのは、自分の心をバランスのとれた美しいものにすることなのだから、突きつめれば、すべて自分のためにやっていることだ。
 歪みを直し、相手の傷も自分の傷も癒し、豊かな心を得て、精神的に幸福になるためのしくみが、輪廻転生なのだ。

 理路整然と、その霊的な存在は、輪廻転生について語った。
 輪廻転生について抱いていた、怪しげな暗いイメージ……因果応報、前世で犯した罪が、現世に降りかかり、こんなに苦しむのだ、といったたぐいの……は、完全に払拭された。

 e0172753_2391551.gifスコンと晴れた、どこまでも青い空のように、“人間が生きる”ということが、明るく前向きなことだと思えた。その霊的な存在は、明快に言った。人は、幸せになるために、存在しているのです、と。




 


 
 
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# by fufu6k | 2009-03-28 01:00

砂漠の像 Ⅲ

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 エジプトから戻って、数日たった頃。お風呂に入っていたときのことだ。
 お湯にゆっくりと浸かりながら、旅の思い出に耽っていた。スフィンクスやら、ピラミッドやら、神々の壁画やらの鮮明な映像が、頭の中を走馬灯のようにぐるぐる回っている。帰りの飛行機の中で、エジプト人の乗務員が、コックピットの中を見せてくれた。あれは貴重な体験だったな、などと思っていたそのとき……。

「私は、あそこにいた」
 
 いきなり言葉が胸の中心から湧き出てきた。あそこ……紀元前のエジプト、遺跡が遺跡ではなく、“現役の”神殿として栄えていた、紀元前千数百年のエジプト……。その古代エジプトに、いた、生きていた、という意味で、「私は、あそこにいた」という言葉が、胸から聞こえてきた。
 ………。
 ………。
「私は、あそこにいた。紀元前のエジプトに、いた」
 言葉はしつこく繰り返された。
 
 そんな馬鹿な……。私は、何を考えてるんだろう。そんなわけないじゃない……。懸命に否定した。しかし、必死で否定すればするほど、言葉はしつこく湧いてくる。

「私は、あそこに、いた」
 
 正直、自分は気が狂ったかと思った。紀元前のエジプトに自分が生きていたという考えを持つことが、まず正気の沙汰ではないし、それ以前に、まるで胸の奥にもう一人、別の自分がいて、言葉を発しているような、この状態がそもそもおかしい。

 おかしい……、狂ってる……。しかし、そう思ったのはほんの少しの間で、私は自分の今の状態が、狂っているのではないことを、心の底で気付き始めていた。否定しても、否定しても、紀元前のエジプトに自分は生きていたと言い続ける、もう一人の自分の主張が正しいことも、何故か、心の底でわかり始めていた。

 そうなのだ。私は古代エジプトに生まれ、人生を送っていたのだ。おそらく、いや確実に、アクナトンの時代に。アクナトンのそばで、私は生きていたのだ。

 ルクソール博物館での出来事が、カイロ博物館で、磨耗した小さな石像に涙したことが、すべてひとつにつながった。そうなのだ……。
 否も応もなく、私は前世というものを認めざるを得なくなった。

e0172753_2104758.gif でも……、こんなこと、とても人には言えない……。
「あたし、紀元前のエジプトにいたのよ」なんてことを、友達や彼氏にしゃべったら、それこそ気ちがい扱いされてしまう……。



 
 
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# by fufu6k | 2009-03-27 00:01

砂漠の像 Ⅱ

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 この旅行を後になって振り返ると、自分が日々、不思議なほどいきいきしていたことに気がつく。
 エジプトの神秘の力が、私の体と心に作用したのか、砂漠の暑さにも疲れず、水が悪いのでツアー仲間の多くが下痢をしても、私の腸は健康に働き、ホテルの近くの村を一人で訪ねて、日干しレンガの家でお茶をごちそうになるなど、好奇心にあふれて行動していた。

 遺跡は、どれもこれも面白かった。廃墟にしか見えない、崩れかけた神殿は、かえって想像力をかきたてた。
 砂漠の風にさらされているこの道は、昔は立派な参道だったのだ。女神を祭る神殿に、参拝のために多くの人が集い、参道は行き交う人々で、あふれ返っていた。道の両側には、参拝客をあてこんで、小さな店が軒を連ね、物売りの声や、品物を値切ったり、ひやかしたりする声が、飛び交っていた。
 神殿は、鮮やかな色彩の壁画で飾られていた。絶え間なく香が焚かれ、その匂いと、女達が髪や体につける香料のきつい匂いが混ざり合い、むせ返るほどだった……。

 想像力は翼を広げ、私にはこのような光景が、まるで現実のものであるかのように、ありありと感じられた。
 本で得た知識が助けとなり、紀元前のエジプトが頭の中によみがえった。エジプトは繁栄していた。そして当時のエジプトは、砂漠の国ではなく、都市や街の周囲には、豊かな緑が広がっていた。

 旅の後半は、ルクソールの観光だった。ルクソールは、古代エジプトが最も栄えた頃、テーベという名の首都があった所だ。アクナトンの治世の時、テル・エル・アマルナに遷都されたが、アクナトンが失脚した後、都は再びテーベに戻った。

 巨大な円柱が立ち並ぶ、ルクソール神殿があり、ナイル河の対岸には、歴代のファラオが眠る王家の谷がある。カルナック神殿、ハトシェプスト女王の葬祭殿など、有名な遺跡が多い。砂漠は焼けつくように暑いが、ナイルの河畔は涼しく、丈の高いマストに白い帆を張った帆船が、ゆったりと往来している。時計がなくても暮らしていけるような、のんびりしたところだ。

 神殿や王族の墓の見学の合間に、ルクソール博物館を訪れた。カイロ博物館に比べると、規模はぐっと小さい。ルクソール博物館のことを、私は全く知らなかったので、何を見ようという目的意識も期待もなく、皆の後についてなんとなく館内に入っていった。神様の壁画やヒエログリフもそろそろ見飽きていた。

 正直言って、ひとつの物を除いて、ルクソール博物館に何が展示されていたか、全く覚えていない。
 一階の展示室をざっと見て、二階への階段を上った。と、そのときだった。いきなり高さ2メートルくらいはありそうな、大きな石の顔が、目の前に現われた。階段を上りきったところに、アクナトンの頭部だけの石像が陳列されていた。

 …………。

 このとき、心の中に湧き上がった思いを、どう説明していいかわからない。思いは真実だが、言葉にすると、荒唐無稽な印象を与えるかもしれない。

「やっと、会えた……」
 
 石の顔を見た瞬間、ふいにこのような言葉が、胸の中心に湧き上がってきた。
 会いたい人に会えたという思いに浸ったのではない。分厚い唇と大きな目の、アクナトンの石像は、これまでにさんざん見てきている。「会えた」というのは、アクナトンの像をまた見ることができて、嬉しい、という意味ではない。
 
 ただ、「やっと、会えた」という言葉だけが、唐突に、心の中に浮かんできたのだ。現実の私自身とは無関係なところで、心が勝手にそうつぶやいていたと言ったほうがいいかもしれない。
 
 私は、まじまじと石像をみつめた。不思議な感覚にとらわれていた。私にはその像が、硬い石で出来ていると思えなかったのだ。
 石の壁の向こうに、血の通った、生身の男がいた。石を透かして、私の心は、温かい肌と広い胸を持った、生身のアクナトンを見ていた。石の向こうに、確かにいるその男は、私がよく知っている男だった。肌の温もりと匂いを、深い息遣いを、私は知っていたし、彼の喜びや悲しみや苦しみについても、おそらく、少しは知っていた。
 
 男は今にも、石から抜け出てくるのではないかと思われた。それほどのなまなましさで、アクナトンは私の前に立っていた。
 
 しかし、その感覚は、ほんの数秒のものだった。ハッと我に返った時、目の前には硬い石の顔しかなく、裸のアクナトンの幻影は、脳裏から跡形もなく消えていた。

「今のは何だったのだろう」
 そう思うしかなかった。あまりにも理解を超えたことだったので、またほんの僅かの間の出来事だったので、私はこのことをほとんど心に留めることはなかった。
 e0172753_15294977.gifエジプトの旅は、日々刺激的で、このことについてゆっくり考える時間も心のゆとりもなかった。旅が終わり、成田空港に到着した頃には、このルクソール博物館での出来事は、記憶からほとんど消えていた。



 
 
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# by fufu6k | 2009-03-06 01:18

砂漠の像 Ⅰ

                       占いのホームページ SPACE・和 



 ナイル河を、ゆっくりと帆船が行き交う。遠くのモスクから、朝の祈りの声が聞こえてくる。河の上にかかる靄を、太陽が金色に染め、モスクの丸い屋根も輝き始める。

 ホテルの部屋のベランダから、私はルクソールの朝の風景をうっとりと眺めていた。エジプトは、幻想的な国だった。

 砂漠に点在する、ピラミッドや巨大な神殿。紀元前千数百年の風景が、二十世紀の風景にミスマッチに入り混じっている。首都のカイロは、ビルが並び、車がひしめき、市場は活気に溢れ、喧騒に包まれているが、カイロを出れば、そこはもう砂漠で、遠くにクフ王のピラミッドが見え、とたんに紀元前の時代の匂いが漂ってくる。

 数千年前のファラオの時代が残したものは、あまりにも強烈なので、私達は現代を生きているはずなのに、いつのまにか意識がはるか古代へと引き戻されてしまう。
 現代という時間軸と、紀元前のファラオの時代の時間軸と、ふたつの時間軸を持つ国。あまたの墓と遺跡を抱え、死の匂いを漂わせ、ファラオの呪縛から逃れることができないでいる国。一週間の旅のあいだに、私はこのような感想をこの国に対して持ち、もやもやと違和感や不思議さを感じ続けていた。

 エジプトへ行こうと思い立った時は、何をしにエジプトへ行くのかという、はっきりした目的はなかったが、カイロ空港に降り立った時の私には、ひとつの目的があった。それは、可能な限り、アクナトンの足跡を辿ることだった。

 英語が苦手で、海外の女の一人旅にはまるで自信がなかったので、私はツアー旅行に一人で参加することにした。グループ旅行なので、スケジュールが全て決まっており、どれだけアクナトンの跡に触れることができるかわからなかったが、カイロ博物館は旅程に入っており、そこでアマルナ時代の美術品を見ることができると、ひそかに胸を躍らせていた。

 カイロ博物館の陳列品をていねいに見ようと思ったら、一日では足りないだろう。興味を惹かれるものはさまざまあったが、時間に限りがあるので、あのツタンカーメンの黄金の副葬品やマスクすら、ちらっと眺めただけで、私はまっすぐアマルナ時代のコーナーに向かった。

 展示室の入り口を入ると、まず目に飛び込んできたのは、高さが4メートルくらいはありそうな、アクナトンの石像だった。それは本に載っている写真の像と同じもので、何度も目にしていたが、実物は写真よりもずっと異様に見えた。
 
 長すぎる顔、ややつりあがった、大きな切れ長の目、細くとがった顎、はれあがったように見えるほどの、分厚い唇。上半身はほっそりしているが、腰から下は太く、腿が異様にふくらんでいる。人間の体の均衡を、限界まで崩したような作品。美を追求するというよりは、どこまでアンバランスなものを作れるかと、ただそのことだけに熱意を注いだような彫像だ。

 この極端なデフォルメが、アマルナ芸術というものなのか。それともアクナトンの体は、奇形だったのだろうか。疑問符が頭の中に点滅する。

 太陽を崇拝しているファラオ一家の絵も、皆、頭部が異様に細長い。あまり美しくないなと、少しがっかりしながら見て回るうち、やっと文句なく美しいと言える像に出会った。それは王妃ネフェルティティの、色鮮やかな頭部の像だった。

 顔料で彩色された木像で、絵の具がほとんどそのまま残っている。端正な顔立ちで、このまま現代に持ってきても、女優にでもなれそうなくらいの美人だ。この像は、デフォルメではなく、写実の手法で作られている。
 くっきりとした眉と、気の強そうな、大きな眼。高い鼻。きりっと引き結んだ唇には、意志の強さが感じられる。
 
 夢や理想を追い求め、とかく現実離れしがちな夫のかたわらで、この王妃は国を統治するための、さまざまな仕事を一手に引き受け、時には策を弄し、時には権力をふるい、日々、現実と格闘していたのではないだろうか。そんな想像をかきたてるような顔だ。

 この王妃は、アクナトンが何を願い、何を望み、どういう心を持って生きていたのか、本当に理解していただろうか。ふと、反感にも似た思いが、胸をよぎった。この王と王妃は、性格も人格もまったく違う、相通ずるものがとても少ない夫婦だったのではないだろうか。
 美しいネフェルティティの像からは、強さは感じられても、女性の柔らかさや包容力は、まるで感じられなかった。アクナトンは孤独ではなかったか……。そんな思いが、じわじわと心の底に広がっていた。

 アマルナ時代の物は、後代のファラオによって壊されたり、捨てられたりしたのか、あまりたくさんは残っていない。陳列品の少なさにも少し失望しながら、展示室を出ようとした時、ふと目にとまったものがあった。

 高さ20センチくらいの、小さな石の像。柔らかい石で出来ているらしく、像といっても、目も鼻も顔の輪郭も、体の線も、磨り減って定かではない。説明書きを見ないと、これが何なのか、よくわからない。
 説明書きには、“娘を抱くアクナトン”と書いてあった。
 
 なるほど、幼い我が子を膝に抱いている姿に見える。顔を俯けて、娘の顔をのぞきこむようにしている。我が子がいとしくて、いとしくて、たまらないといった風情が、丸みを帯びた肩のあたりに感じられる。

 と……、突然、涙がこみ上げてきた。涙で視界がかすみ、白くぼやけた石像をみつめながら、なんと優しく、なんと温かい姿だろうと思った。娘に対する、このファラオの愛の深さに感動していた。
 デフォルメされた彫像は、何も伝えなかったが、この磨耗した小さな石像は、アクナトンの生の心を伝えていた。e0172753_14413532.gif



 
 
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# by fufu6k | 2009-03-04 23:52