陶芸と、星占い、タロットカードを、職業にしています。体験をもとにした、心、魂の世界についてのエッセイです。


by fufu6k
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エジプト

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 27~8歳の頃だと思う。同棲していた恋人が、仕事がらみの旅行でエジプトに行った。私達は、アメリカ、シンガポール、ハワイ、グアム、サイパン……と、いろいろな所へ行ったが、この時の旅は仕事が中心なので、私はついて行くことができなかった。それに、エジプトには何の興味もなかった。

 ピラミッドとスフィンクスとミイラの国。熱く、埃っぽく、古代の墓がたくさんあって、どこか死の匂いが漂う国。エジプトには、そういう印象しかなかった。

 彼は、アラバスターで作ったエジプトの神様の人形や、パピルスに描かれた絵や、刺繍のしてあるブラウスなど、いろいろなみやげ物とともに、満足げな顔で帰ってきた。その時、彼が何を話したかは覚えていないが、とにかくエジプトをとても面白いと言っていた。

 彼の旅行は一週間ほどだったが、彼が不在の間に思ったのか、彼から旅の話を聞いて思ったのか、さだかではないが、私は、突然、自分もエジプトへ行こうと思い立った。
 彼の話に大きな影響を受けたというわけではない。これをしたい、これを見たいという、明確な目的を持ったのでもない。よくわからないが、突如として、エジプトへ行くんだと決め、その日からエジプトに関する本を読みあさり、古代の歴史についての知識を頭に詰め込み、旅行の手続きをし、一ヶ月後には機上の人となっていた。

 エジプトへ行くに当たって、どうしてむさぼるように古代エジプト史の勉強をしたのか、わからない。歴史の知識があるとないとでは、旅の楽しさや充実の度合いが大きく違ってくる。だから本を読みあさったのだが、それにしても私は、試験勉強でもするかのように、真剣に知識を頭に叩き込もうとしていた。

 本を読み進むうちに、一人のファラオに強く興味を抱いた。黄金のマスクが日本にも来たことのある、あのツタンカーメンの父で、アクナトンという王だ。

 アクナトン(イクナテンとも言う)は、宗教改革と遷都を実行し、芸術に新しい様式を取り入れ、武力によって国を守るのではなく、平和主義を貫こうとした、異色のファラオだ。
 古代エジプトは、多神教だが、アクナトンはそれを改めて、太陽を崇拝する一神教を、国の宗教のありかたとした。それとともに、首都をテル・エル・アマルナに移し、宮殿や神殿の建築、装飾に、新しい芸術様式を取り入れ、芸術の振興に力を注いだ。都がアマルナにあったので、アクナトンの時代の芸術を、アマルナ芸術と呼ぶ。
 
 物質的繁栄よりも、精神性を大切にする、この理想に燃えたファラオは、しかし王として、政治家としての現実的な手腕には欠けていたようだ。強引な宗教改革や遷都をしたため、職や既得権益を失った者が多数現われ、多くの人々の反感を買い、わずか20年足らずで、その統治は終わってしまう。
 宗教と政治をもとの姿に戻そうとする人々によって、国は運営され、アクナトンの子である、まだ幼いツタンカーメンが、飾り物の王として玉座に座るのだ。

 古代エジプトでは、象形文字が使われており、ファラオの名を記した象形文字をカルトゥーシュと呼ぶが、アクナトンのカルトゥーシュはことごとく削り取られている。この王を憎み、排斥した人々は、神殿や墓の壁に、アクナトンの名前が少しでも残ることすら、許せなかったのだろう。
 削られたカルトゥーシュの跡は、渦巻く憎悪と熾烈な権力闘争を物語っているようだ。王座を追われたアクナトンは、まもなく病気か何かで亡くなり、子のツタンカーメンも、若くしてこの世を去る。

 アマルナ時代の彫刻や壁画は、人物の頭が異様に長かったり、腰や太腿が不自然に肥大していたりと、デフォルメされているように見える。それ以前、またはそれ以後のレリーフや彫像と比べると、非常に個性的である。そのためにアマルナ芸術と呼ばれるのだが、これは美術の手法としてのデフォルメではなく、アクナトンの体に病的な異常があったからだという説もある。

 アクナトンが病弱だったかどうかはわからないが、少なくともこのファラオは、とても繊細な神経の持ち主ではないかと、私は思った。
 
 頭脳明晰で思索的で、純粋な心の持ち主。友達と外を走り回る、スポーツ少年ではなく、木陰で本を読むのが好きな、内気な少年。その内気さは大人になっても変わらず、優しさも情熱も人一倍持っているのだけれど、自己表現があまりうまくない。
 
 e0172753_0585233.gif純粋な心は成人しても曇ることがなく、純粋ゆえに高い理想を求め、理想の実現に、熱狂的なまでに力を注ぐ。あまりに熱を入れるので、まわりの人々の気持ちが見えなくなり、自分が成そうとしていることが、或る人々を窮地に陥れることになるということに気がつかない。というより、金や物や権力にしがみつく人間は嫌いなので、そういう人々の身の上を思いやることがない。

 デフォルメされたファラオのレリーフの写真を眺めながら、アクナトンという人物について、私は勝手に想像をめぐらせていた。僅かの間、地上に存在したアマルナの都が、一輪の白い花のように、優しく美しい都市であったように思えた。アクナトンの人柄と理想を反映した、それは清らかさを感じさせる街であったに違いない。
 いつのまにか、私はアクナトンとアマルナの都を、好きになっていた。
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# by fufu6k | 2009-03-01 14:07

前世について

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 昨今のスピリチュアル・ブームのおかげで、魂は永遠であること、人は何度も生まれ変わることを、信じている人は多いだろう。
 
 人間は、みずからの魂をより良いものにするために、突きつめて言えば、愛というものを学ぶために、時代を変え、場所を変えて、何度もこの地上の生を経験する。人類の平均値として、いったい何回ぐらい生まれ変わるのか、知りたいような気もするが、確実な値を言える人は、おそらくいないだろう。相当数の地上の生を、それぞれの人が経験するのだろうと思う。
 
 今でこそ、前世や生まれ変わりについての話を、気楽にできるようになったが、私が10代、20代を過ごした頃は、世の中に、今のようなスピリチュアルな風潮はなかった。その当時、世の中の中心となって、時代を作っていた世代、我々の親の世代は、ほとんどの人が無神論で、現実的で、死後の世界を否定する考えを持っていたように思う。どうして彼らが、現実重視に傾いたかと考えると、そこには戦争と敗戦が関係しているように思われる。
 
 私達の親の世代は、感受性の豊かな若い時代に、戦争の悲惨さと敗戦がもたらした貧しさを経験している。私は母から、東京が空襲に遭ったあとの話や、着物を農家に持っていって、お米に変えてもらったりと、食料がなくて苦労した話など、いろいろ聞いているが、もし自分がそういう体験をしたらと考えると、身の毛がよだつ。
 
 頭上を敵の飛行機が飛び交い、爆弾が雨あられと落とされ、目の前で次々に人が死んでいく。広島と長崎には原子爆弾が落ち、想像を絶する地獄が出現する。天皇が敗戦を認め、鬼畜米英と憎み、恐れた、アメリカ軍が乗り込んでくる。そういう苛烈な出来事が、息つく暇もなく、次から次へと襲いかかってくるのだ。
 このような状況にいて、それでもなお神の存在を信じられるとしたら、その人はよほど強い精神力の持ち主ではないだろうか。たいていの人は、神などというものは存在しないと、それは人間の弱さが作り出した幻想にすぎないと、心の底から思うのではないだろうか。
 
 首都が焼け野原になり、すべてを失ったところから這い上がっていくとき、神や魂のことを考えている暇はないだろう。聖書に出てくる神は、天からパンを降らせてくれたが、どんなに信心をしても、空中からご飯が現われるわけではない。物がないとはどういうことかを、骨身に染みて知っている、私達の親の世代は、物が豊かにあることこそが幸せなのだと信じた。それは当然のことだ。空腹のつらさを日々味わっていたら、おいしい物をお腹いっぱい食べられる暮らしは、夢のような生活に思えるだろう。
 
 物の豊かさを求めて、私達の親の世代は、高度経済成長の時代に突入する。テレビ、冷蔵庫、洗濯機、クーラー、車……、今ではあるのが当たり前になっている、そうした品々を、私達の親の世代は、ひとつひとつ手に入れ、一歩ずつ、着実に、夢を実現してきたのだ。明日のご飯もままならなかった状態から、わずか20年足らずの間に、日本は、ほとんどの人が家電に囲まれた生活をするようになった。これは驚くべきことだ。この素晴らしい発展は、物とお金が人生に幸せをもたらすという、強い信念がなければ、実現しなかっただろう。
 
 神は何もしてくれないが、お金は幸福をもたらす……。
 
 技術のめざましい進歩は、科学は万能であるという、一種の信仰を生み出す。実際には科学のカの字もよくわかっていない人々が、「○○は科学的である」とか、「○○は科学的に証明された」とかいう言葉を聞くと、納得した顔をする。
 科学の何たるかを知っている、科学者のほうが、よほど謙虚なのではないだろうか。

 神は玉座を追われ、科学がその後釜に座った。
 
 科学は物質を扱う学問なので、物質ではない神や魂や心といったものは、脇へ除けられてしまった。もちろん、どのような宗教にしろ、篤い信仰を持ち続けている人はたくさんいる。しかし、信仰を持つことは、尊敬の対象とはならなくなった。真面目くさって神に祈りを捧げるのは、どこか野暮ったく、お金をかけてお洒落をし、おいしい物を食べ歩き、自由に恋愛をすることが、カッコいい生き方に見えたのである。

 魂は永遠であり、人は何度も生まれ変わるという考えは、迷信とされた。科学万能、物質中心の世の中では、魂というものの存在すら、疑わしいことになってしまう。
 e0172753_0175539.jpg肉体イコール自分自身なのだから、肉体が滅んだときは、自分も消滅する。自分が消える……。なんと恐ろしいことだろう! 私は幼い頃、「死んだら、自分は消える」という考えに取りつかれ、心底怯えた時期があった。死ぬことを考えると、いてもたってもいられないほど恐ろしくなり、必死になって、死を考えまいとしていた。

 父の魂を見て、死後も父は存在していることを知り、魂が永遠であることがわかったが、輪廻転生については、まったく信じていなかった。多くの人と同じように、生まれ変わり、輪廻転生は、迷信だと思っていた。一人の人間が、あるときは日本人になり、別の人生ではアメリカ人になり、中世に生まれたり、現代に生まれたりして、いくつもの人生を送るなどということは、どう考えても馬鹿げた作り話としか思えなかったのである。
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# by fufu6k | 2009-03-01 00:35

隠されたもの Ⅱ

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 20代半ば頃まで、私の頭の片隅には、常に、このような思いがこびりついていた。23、4歳の時に知り合った恋人が、老子、荘子といった東洋の思想家について造詣があり、彼の話を聞いているうちに、こういった東洋の哲学書を読みたくなった。
 
 このテの書物はやはり難解で、私の知力が不足していることもあり、言葉の迷路に迷いこんでゆくような、自分が本当に知りたいことから、少しずつ遠ざかってゆくような感じがあったが、ただ一行、強烈に目に飛び込んできた文章があった。

『死生は一条』
 それは荘子が書き残した言葉だった。
 
 一条とは、ひとすじという意味だ。死生はひとすじ。死と生は、一本の線として、連なっているもの……。
 私は目をまるくして、本の活字をまじまじとみつめた。勉強部屋の空間に、一本の線という形で現われた父の魂は、まさにこの言葉通りだったからだ。真ん中に生と死を分ける区切り目を持つ、一本の線。生の領域から死の領域へと、変わることなく続く父の魂。死と生は一条であると、父の魂は語っていた。
 
 高名な思想家の言葉と、自分が見た光景が一致していることで、私は、死んでも人間の魂は存在し続けるという自分の考えに、いよいよ確信を持った。「私は、正しかったのだ!」心の中でそう叫んでいた。
 
 荘子をきちんと理解していたわけではないが、人生をひとつの夢としてとらえているのが、荘子の思想なのではないかと、私は思った。生まれてから死ぬまでの何十年という人生は、長い長い夢の時間なのだ。私達は日々、さまざまな出来事にぶつかり、目をしっかり開けて現実と格闘しているつもりだが、実はそれは夢の中の出来事なのだ。では、いつ夢から醒めるのか。死んであの世に行った時、人は長い夢から醒め、本来の自分に戻るのだ。
 ?……!
 
 頭の中に大きな疑問符を浮かべながら、一方でこの考え方に奇妙な親しみを感じた。目に見える現実がすべてではない、その下に隠れている世界が、本来の世界。私のこの考えと、人生を夢とする荘子の考えには、通じるものがあるように思えた。
 
 仏教にも、これに似た考え方がある。来世を信じ、現世を仮の世とする考え方だ。現実は常に移り変わり、不確かで不安定なものだ。出会いがあれば、必ず別れがあり、幸福は長続きせず、肉体は老いて、死に至る。あの世にこそ、永遠の平安があると考えるのだ。
 
 シェークスピアも似たようなことを言っている。シェークスピアは、人生は劇場だと言う。人はそれぞれ、人生という舞台で“自分”という役を演じ、そして去っていくのだ。死を迎えて、舞台を下り、“役”ではない本来の自分に返るということなのだろう。
 
 隠されたもうひとつの世界から、私達はやって来て、“夢を見る”にしろ、“役を演じる”にしろ、物質という不確かなものに囲まれた“仮の世”で、何十年かの人生を送り、そして、もとの世界に帰っていく……。

 
 
 20代後半にさしかかる頃から、どういうわけか、私はこういうことをあまり考えなくなっていった。理由はまったくわからないが、真理を確かめたいという欲求はどんどん薄れ、父の魂を見たことすら、記憶のかなたに遠ざかっていった。
 
 恋人と一緒に暮らすようになったことで、生活が大きく変わったからかもしれない。母を裏切り、家を出、彼のもとに走り、その後母が急死し……と、激烈な出来事が続いたからかもしれない。

 人生は“夢”と呼ぶにはあまりにも強烈であり、自身が招いたこととはいえ、現実は過酷だった。自分の思いを、無理やりにでも貫き、幸福を手にしたが、代償も大きかった。
 
 私は“目に見える現実の世界”に没頭した。彼との愛に酔い痴れ、彼を失うことを恐れ、自分がきれいで色っぽいかどうかが、常に気になり、洋服やバッグをたくさん欲しがり、仕事や才能に関してコンプレックスを抱き、その他さまざまな欲望を募らせた。
 e0172753_23181060.jpg“隠された、もうひとつの世界”は、私の脳裏からどんどん消えていった。
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# by fufu6k | 2009-02-27 02:28

隠されたもの Ⅰ

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 オカルトという言葉を百科事典で調べると、「隠されたもの」という意味のラテン語の言葉が語源であると書いてある。事典によると、オカルトとは、「隠されたもの。目で見たり、手で触れて感じたりすることのできないもの」である。

 オカルトという言葉はまた、何か怪しげなもの、邪道と思われることを非難する時、しばしば使われた。
 常識に反する、新しい理論や、異端の宗教などを攻撃する時、オカルトという言葉を非難のレッテルのように使ったのである。そのためか、オカルトという言葉には、暗いイメージがつきまとう。不気味な心霊現象を扱った映画を、オカルト映画と言うが、この手の怖い映画も、オカルトという言葉のイメージダウンにひと役買っている。
 
 手で触れたり、目で見たりして、存在を確かめることができるのは、物体である。この世の現実は、物質、物体で構成されているから、すべて目で見、手で触って確認できる。
 しかし、オカルトという言葉が大昔から存在することでもわかるように、現実というのは、物質、物体だけて構成されているのではない。物質、物体ではないもので構成されている、もうひとつの世界がある。よく考えれば、心というものも、肉眼で見たり、体で触れたりすることのできないものである。長い人生の、すべての喜びと苦しみの源である、心というものは、隠されたもうひとつの世界、オカルトの世界に属しているとも言えるだろう。
 
 勉強部屋で父の魂を見てから、私は、目に見える現実がすべてではないと思うようになっていった。テーブルクロスをめくると、テーブルの板が現われるように、私達が普通に認識している現実というものの下に、本当の、本物の、“真実”が隠れているのだと思い込むようになった。
 目に見える現実とは、テーブルクロスのように薄っぺらいもので、その下に存在するもうひとつの世界こそ、はかり知れないスケールと重みを持ったもののように思えた。
 
 二十歳前の夢見がちな頭で、私はいろいろな想像をめぐらした。
 仮に自分の部屋から屋根を突き抜け、どんどん上へ昇っていったらどうなるだろう。まずはこの家の屋根が見え、それからこの町の密集した家々の屋根や道路を俯瞰し、さらに東京都を眼下に眺め、さらに上昇して日本列島や中国大陸や太平洋を見、どんどん昇って雲を突き抜け、ついに地球の外に出る。
 私は遥か下の青い地球を眺めながら、漆黒の宇宙空間に漂っている。そうなったら、物質で構成されている現実の下に隠れている、もうひとつの世界、揺るぎない真実を、あますところなく理解できるだろう……!
 
 そうなりたいと思った次の瞬間、これは死ぬことだと気付いた。広大な宇宙空間に漂うのは、私の肉体ではなく、魂なのだ。隠された、揺るぎない真実の世界を、あますところなくわかった時、私は仏になっている、と。
 
 宇宙空間に、奈良の大仏より大きい、巨大な仏様が浮かんでいる様を想像したこともある。菩薩だか、如来だかわからないが、とにかく仏像の姿をしたその仏様は、両性具有で、なんと男女の性器をそなえているのだ。
体の中に春の芽吹きのようなむらむらしたものを感じ、多分に色気づいていた当時の私は、その仏様が男性でも女性でもない、中性の存在と考えるのが、つまらなかったのである。中性の存在から、生命は生まれない。両性具有の巨大な仏は、自分で子作りのための営みをし、歓喜に浸りながら、ダイナミックに、おおらかに、新しい命を次々に誕生させるのだ。
 
目に見える現実の下に隠れている世界について、もっと知りたいと思ったが、どうしていいかわからなかった。真理の探究をするには、哲学か宗教に関する本を読むのがいいだろうとは思ったが、何故か手が出なかった。そういう種類の本は、文章が難解で、眠くなるのがオチだろうと思ったし、私は隠された世界について、知識を深めたり、論理的に理解したりしたいのではなかった。父の魂を見た時のように、その存在を理性だけではなく、感覚で納得したかったのだ。

隠された世界を、真に理解することができたら、もう死んでもいい……。本気で死んでもいいと思ったわけではないが、隠された世界を理解することは、私の人生の究極の目的のように思えた。
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# by fufu6k | 2009-02-25 14:58

窓辺のフフ

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 フフは、私が墓地で、父に向かって瞑想をしていた時、光の流れに乗ってやって来た。
 フフの登場を、私はそんなふうに想像した。遊園地のウォータースライダーで遊んでいる子供のように、はしゃぎながら、笑いながら、ものすごいスピードで、フフは地上に降りてきた。

 しばらくの間、私はフフの存在に気付かなかった。
 そういえば、掃除機をかけたり、あれこれ考え事をしながら、部屋を歩き回ったりしている時、空中にごく小さな光を見ることはあったのだ。それは白く、時には青く、一瞬きらっと光って、消えてしまう。
 頭上にほのぼのと温かく、何かおかしなものがいて、そのものが自分を眺めているように感じたこともある。
 でも、そんなことは、すぐ忘れてしまう。私の日常は、占いや陶芸教室の仕事をしたり、陶器の製作に没頭したり、お金の計算をしたり、うまくいかない人間関係に頭を痛めたりすることで、大半が埋めつくされているからだ。

 夏が終わり、秋の虫の声が、家のまわりの草むらから聞こえ始めた頃、突然フフはその姿を現わした。秋の展示会に出品する作品の目途が立ったので、ホッとしてひとりでビールを飲んでいる時だった。開け放した窓から、虫の声とともに、草の香りが漂い、心地よい酔いに身を任せて、私は数分うとうとした。

 そして……。
 コトンというかすかな物音に目をあけると、窓辺に不思議なものがいた。

 雑然と並べてある陶芸作品の間に、足をブラブラさせながら、フフは腰かけていた。その時のフフは、身長が30センチくらいで、まるで人形作家が作った人形のようだった。しもぶくれのほっぺたは可愛かったが、バサバサの髪と細い目は、ちょっとシュールな感じがしたし、薄茶色の瞳は、どこを見ているのかわからない、謎めいた光を帯びていた。

「フフ」
 私の胸の中心から、声にならないささやきのようなものが聞こえてきた。そのささやきと同時に、フフはゆっくりと私のほうに顔を向け、かすかに首をかしげて、今度は前よりも焦点の定まった目で、じっと私をみつめた。 柔らかな薄茶色の瞳は、信じられないほどの強い力を持っていた。その瞳の前では、私の心はガラス張りも同然で、人に知られたくない弱点も、隠しておきたい汚さも、嘘もごまかしも、すべて見透かされていた。

 フフの瞳をみつめながら、同時に私は、自分の心をみつめていた。私の心の透明な部分、柔らかな、温かい部分、曖昧な濁った部分、どす黒い塊のような部分、それらがくっきりと映像のように見えていた。それはけっして嫌な感覚ではなかった。すがすがしいと言ってもいいくらいの冷静さで、私は自分の心を、あたかも別の生き物を見るかのように、眺めていた。

 自分の心の汚さ、醜さを見ても、苦しくならなかったのは、フフの瞳が愛にあふれていたからだと思う。澄み切ったその瞳は、可憐なその姿は、愛そのものだった。

 不思議な感動に包まれて、私は深く息を吸った。その呼吸とともに、フフはにっこり笑ったかと思うと、すうっと消えていった。e0172753_16514864.gif 
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# by fufu6k | 2009-02-25 01:19