陶芸と、星占い、タロットカードを、職業にしています。体験をもとにした、心、魂の世界についてのエッセイです。


by fufu6k
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光の河

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 焼けつくような陽射しの下、広い霊園の中で、道に迷った。何区画の何番という、お墓の住所(?)を記した紙をなくしてしまったので、うろ覚えの記憶を頼るしかなかった。
 前もって霊園事務所で確認すればよかったのだが、なあに、行けばわかるさ、という持ち前のおおざっぱさが災いして、私は汗だくになりながら、途方に暮れていた。

 すっかり嫌気がさし、もう墓参りなんかやめて帰ろうかと思い始めた時、道を一本間違えたことに気付いた。曲がるべき道を素通りして、その先の道を曲がったために、別の区画に来てしまったのだ。間違いに気付いた後は、ウチのお墓のある区画を探し当てるのに、たいして時間はかからなかった。
 お墓を洗ったり、花を生けるための水を汲んだりする水道がみつかり、たしかこの水道から数メートル先の右側、と目をやると、はたして、浦山の名を刻んだ、ピンクがかった御影石が、目に飛び込んできた。

 よかった……。
 心底、ホッとした。嬉しくなった。家に帰り着いたような安堵感があった。
 ピンクの墓石が、本当に、自分の家のように思えたのだ。墓石の奥は、私達家族の住まいで、父と母がそこにいる。
「パパ、ママ、ただいま」
 額の汗を拭いながら、私は家族の団欒に溶け込んでゆく。まるで食卓の用意をしているような気分で、私は墓石をていねいに洗い、花を生け、線香に火をつけた。

 道に迷い、迷子の心細さを味わったおかげで、お墓を家のように感じることができたのだ。時間を無駄にし、体力を消耗したが、道に迷ったことは正解だったかもしれない。今日の墓参は、いつもの墓参とは違う。子供の気持ちに戻って、父と母をありありと思い出すことは、これから始める、父にパワーを送るという仕事の導入部として、必要なことだったのだろう。

 遠くで蝉が鳴いていた。芝生は焼けつくようだった。活けられた花を眺め、ペットボトルのお茶を飲み、呼吸を整えて、私は瞑想に入った。

 初めは多少人目を気にしたが、暑いせいもあってか、そういう雑念はすぐ消えた。猛暑は、よけいなことに気を回すゆとりを、私から奪っていた。空のかなた、遥かかなたの虚空にいる父に、意識を集中する。
「パパに光を、パパに光を」
 心の中で何度もつぶやき、額から天に向かって、光が送り出される様をイメージした。

 黄色やオレンジ色や、白熱して白く輝く光の粒々が、天高く昇っていく。無数の光の粒子は、集まって川となり、流れはしだいに太く、強く、勢いを増していった。きらめく光の川は、やがて、こちらから向こうへ流れるだけでなく、天のかなたから私に向かう、もうひとつの流れを作り出した。双方向の流れを持つ、光の河。強いエネルギーの奔流に、私は圧倒され、体はじんじんと熱くなっていった……。

 そして、瞑想は終わった。体の内部で高まっていたエネルギーが、徐々に鎮まり、現実的な感覚が戻ってきた。強い陽射しにさらされていたジーンズの膝と太腿が、異様に熱くなっているのに気付いた。そろそろ引き上げなければ、熱中症になってしまう……。

 駅前の花屋で借りてきたバケツや柄杓、空のペットボトルなどを取りまとめ、もう一度お墓に向かって、「さよなら」とつぶやいた。父にパワーは届いただろうか。本当に父を助けることができただろうか。

 
 
 
 霊園の入り口に向かう並木道に、風が舞っていた。酷暑が少しおさまり、木々の梢が、涼しげに揺れていた。私の心も、涼やかだった。体の中心に、すがすがしい空気の通り道ができたように感じ、豊かに呼吸ができた。
 
 父に、光は届いた。天のかなた、広大な宇宙空間に存在する父を、はっきりと感じることができた。父と私は、今、一本の太い糸でつながっている。そう思えた。勉強部屋に現われた父の魂が、生死の境を越えて、悠然と存在し続けたように、あの世の父と、地上の私は、生死の境を越えて、ひとつに連なることができた。これからは、いつも父と一緒だ。父は私を見守り、助けてくれるだろう。そう思うと、深い安心感が心の隅々にまで満ちた。e0172753_1525497.gif
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# by fufu6k | 2009-02-24 15:26

父の魂

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 高校1年か2年のとき、一度だけ、父の魂を見たことがある。見たと言っても、物体を見るように見たのではない。空中に現れた、イメージのようなもの、と言ったほうがいいかもしれない。しかし、それは決して空想ではない。イメージのようではあっても、私の心が作り出した空想の産物ではなく、確かにそこに存在していた。

 夜、自分の部屋で勉強していたときのことだ。何かの拍子にふと顔を上げたとき、父の魂が現われた。生前の父の姿が見えたのではない。勉強部屋にいきなり父の幽霊が出現したら、いくら父親でも、私は恐怖のあまり気を失ったかもしれない。

 父は、一本の線という形で現われた。空中に、水平に伸びる一本の線が浮かんでいた。真ん中に区切り目の印があった。区切り目の左側は生の領域で、右側は死の領域だ。父であるその線は、生の領域から区切り目を通過して、死の領域へ入り、さらにどこまでも真っ直ぐに変わることなく続いていた。

 その線が父だということは、すぐわかった。区切り目が、生と死の境であることも、当たり前のように、わかった。後で振り返って考えると、何故そういうことを一瞬で理解できたのか、不思議なのだが、私は、恐怖におびえることも、なつかしさで胸がいっぱいになることもなく、ごく冷静に、その線と区切り目の意味を受け止めていた。

 父は死に、肉体は滅んだが、線という形で表わされている父の核、父の実体は、生死に関わりなく、生死を超えて、変わらず、揺るぎなく、永遠に続いているのだ。人間とは、そういうものなのだ、と、私は思った。生と死は、表面の現象にすぎない。人間の核の部分は、生死を超えて、厳然と存在し続けるのだ、と。

 よく覚えていないのだが、目からウロコが落ちる思いだったのだろう。その後、授業で作文の宿題が出されたので、私はこの“大発見”について、意気込んで書いた。生と死は、表面の現象にすぎない、ということを、特に強調したように思う。
 だってそうでしょう、父は生きているときと同じように、死んでしまってからも、変わらず存在しているのだから! 父の核は、死という恐ろしいものの影響を、全く受けていないのだから! この“真実”を知れば、みんな死の恐怖から解放されるでしょう!

 私の幼い思考からひねり出された言葉は、私の発見と心情を、正確に伝えなかったようだ。亡き父について書くことで、可哀相だと思われたくないと、心のどこかで思っていた私は、ことさら乾いた、理屈っぽい言葉を並べ立てた。
 父が、死んでも消滅しておらず、堂々と存在し続けていることを知って、どれほど安堵しているかを、素直に言葉にできなかった。

 目を通されて戻ってきた原稿用紙の余白には、赤ペンで、かなり多い行数の、先生のコメントが書いてあった。生きることを大事にしなさい、死を厳粛に受け止めなさいという内容の、その文章の裏側に、突飛なことを書いて寄越した生徒への、先生の心配が見え隠れした。
 
 気遣われていることはわかったが、理解されなかったという落胆も大きかった。死んでも存在し続けるなどということは、そうたやすく理解してもらえることではない。「世の中、こんなもんさ」という思いで、私はこの一件を締めくくり、今後このことを人に話すのはやめようと心に決めた。e0172753_2014149.jpg

 
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# by fufu6k | 2009-02-24 01:35

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 フフは、2年前に、光の流れに乗って、天から舞い降りてきた。8月の猛暑の午後、気温が40度に達し、空気が熱く揺らめき、整然と列を成す墓石が、皆一様に白く輝いて見えた。父と母が眠る霊園に、フフは舞い降りて来た。

 墓参りに行くのは、十数年ぶりだった。「お墓に霊はいない、お墓に行かなければ、肉親や祖先の霊に会えないというものではない、心をこめれば、自宅で祈っても、亡くなった人の魂に充分思いは通じる」
 私に精神世界を教えてくれた友人は、そう語った。その言葉を素直に受けとめて、というよりは、言い訳にして、両親の墓に詣でることを怠けていた。

 墓参りに行くことにしたのは、ある女性のチャネラーに、それを勧められたからだ。音楽家でもあるその女性は、私に占いをしてもらいに来た青年の知り合いで、その青年は私と話をしたあと、その女性と私を会わせたいと思ったのだそうだ。私とその女性がどんな話をするのか、興味があったらしい。
 
 その女性は、占いを希望していたので、いつものように占星術とタロットカードで占いをした。テーブルの上でカードを両手で混ぜているとき、カードが妙にふわふわと浮き上がるような感じがした。カードはテーブルの上をすべるように動き、そのうちの一枚は勢い余って床に落ちてしまった。

「困ったわ、カードがふわふわする」
「あっ、ごめんなさい。カードに気持ちを集中しないようにするわ」

 そう言って彼女は、体の向きを変え、カードから目をそらした。カードが浮き上がるように感じるのは、彼女が持っているパワーのせいだとわかった。

 占いが終わって雑談をしているうちに、私は自分のことを彼女の霊感で見てもらいたくなった。彼女は名前の文字を見ると、いろいろなことがわかるのだそうだ。漢字の字画で占う、いわゆる姓名判断ではなく、文字に触発されて霊感が動き出すのだ。

 紙に書いた私の名前をじっと見ながら、彼女は私が抱えている問題について、いくつかの核心をついたことを言った。その内容については、後日、触れることになるかもしれないが、この章の本題からそれるので、ここでは割愛する。話の最後に、彼女は私の亡くなった父について語った。

「お父さんは、成仏をしていないということではないのだけれど、自分の死に方について、納得のいかない思いをされているわ。その思いが引っ掛かりになって、パワーが落ちているというか、すっきりしない状態におられるの。お父さんのお墓参りに行きなさい。お父さんに光を与えなさい。それができるのは、ご家族の中で、あなただけなの」

 父が納得のいかない死に方をした、という言葉は、充分すぎるほど理解できた。
 父は、私が12歳のときに、他界した。私の両親は晩婚だったので、父は50代半ばで亡くなったのだが、仕事は充実し、やりたい仕事もまだまだあり、意気盛んだった。インフルエンザか何かに罹り、その数年前に肋膜炎を患ったこともあってか、こじらせて入院したのだが、私の記憶では、病院に入って数日で亡くなってしまった。「注射が原因で……」と、母と叔母が小声で話しているのを、耳にした。

「僕は残念だ」と言って、父は亡くなったそうだ。
男としてチャレンジしたい仕事があり、娘達の成長を見守りたく、母とののどかな老後も思い描いていただろう。絵に描いたような、幸福な家庭と、私の小学校の先生が評したことがあるそうだ。そういう家庭を築いていた父の人生は、一本の注射器で、あっけなく幕が下ろされてしまった。
 今なら、医療ミスを訴えることもできる。当時、患者側は泣き寝入りをするしかなかった。いや、現代でも、たとえ訴訟に勝ったとしても、死なされてしまった側は、泣き寝入りなのだ。賠償金を得ても、亡くなった人は生き返らない。医療ミスは、生命を奪うだけでなない。つつがなく人生を続けるはずだった本人の、夢と願望を奪うのだ。

チャネラーの女性は、私の前世についても触れた。私は前世でも、巫女のような、霊感を使う仕事をしていたそうだ。現世でも、霊感を使って、占いという仕事をしている。
「だから、お父さんに光を与えて、助けるのは、あなたなのよ」
 彼女はそう締めくくった。

「不思議ね。今朝、叔母と父の話をしてたんです。叔母が父の話をするなんて、滅多にないんですよ。パパは亡くなる間際に、ママと子供達をよろしく頼むって、私に言ったのよ、って。突然そんなことを言い出したんです」
「私が今日ここに来た本当の目的は、あなたにお父さんの力になるように言うことだったのね」
 彼女は微笑みながら、そう言った。e0172753_18571042.jpg 
              
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# by fufu6k | 2009-02-23 19:08

フフ

                       占いのホームページ SPACE・和  



 天使が現われたのを実感したのは、あとにも先にも、あのときだけだ。
 バリ島から戻った私は、東京の街の煩雑で気ぜわしい渦に呑み込まれ、日常生活に流され、バリ島で味わった、素朴に神を受け入れる気持ちは、どこかへ消し飛んでしまった。これでは、天使が現われる余地はないだろう。
 
 その後、さまざまなことがあり、私は陶芸を志して、山梨に引越しをした。雄大な富士山を目の当たりにし、豊かな自然に触れながら暮らしている。
 
 富士山は霊山と言われるが、たしかに“神の山”なのかもしれない。富士山に登っているとき、不思議な、内面的な、体験をした。その体験を境に、自分がとても変わったと感じている。そのあと、“神”というものを本当に、ありありと、感じた瞬間も訪れた。その瞬間に得たことは、その後のものの考え方を、また変えた。そのことについては、いずれ書こうと思う。

 私はバリ島を訪れた頃よりずっと、あの世的なことについての理解を深め、神の存在を当然のことと思うようになっているのだが、天使はやって来ない。

 別に、天使にこだわっているわけではないのだが、心の奥のどこかで、あのときのように天使に守ってもらいたいと思っているのかもしれない。心細いとき、不安でいっぱいになっているとき、自分を守ってくれるものが、確かにいるのだと信じられたら、どんなにいいだろう。

 で、私は天使を作り出すことにした。むろん、これは一種の心の遊びだ。守ってくれるもの、導いてくれるもの、心を温かくしてくれるもの、私達を見ていてくれる、目に見えないそういう存在は、宇宙のどこかに必ずいるのだから、私が作り出した天使は、まったくの虚構とは言えないだろう。

 とはいえ、私の天使は、バリ島のホテルに現われた本物の天使に比べると、ずっとマンガチックで、メルヘンチックだ。これは、私という人間の子供っぽさと軽さの反映でしょう。馬鹿馬鹿しいと言えば、まったくその通りなので、あんまり真面目に読まないでください。

 私の天使は、小さい。背丈は2~3歳の子供くらい。髪はばさばさで、トウモロコシの穂先のような色をしている。顔はふっくらとしもぶくれで、色が白く、頬は健康的なピンク色。眉は細い三日月が垂れ下がったような感じで、目は小さく、目尻が下がっている。鼻は大きめでやや長く、唇は薄くて、いつも半開きのように見える。服は天使の定番である、白いふわっとしたワンピース。羽根はもちろんあるけれど、向こうが透けて見えるほど薄く、時には羽根がほとんど見えないこともある。

 天使に性はないのだが、私には、この天使はどちらかというと男の子に見える。名前を、フフという。フフのお気に入りの場所は、屋根のてっぺんだ。富士山の方を向き、家の守り神という風情で、フフは屋根の上にふんわりと立っている。
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# by fufu6k | 2009-02-22 03:59

天使が来た!

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 今から十数年前、バリ島に二週間滞在していたとき、それは現われた。

 ホテルの玄関先や、寺の中庭などで、絶え間なく奏でられるガムランの音。熱せられた空気。町のあちこちにある、小さなお堂の前で焚かれる、線香の匂い。強烈な色彩を放つ、ややグロテスクなバリ絵画。そういうものに囲まれて過ごしているうちに、日本の、ふだんの暮らしの中で身につけている現実感覚や常識が、少しずつ薄れていった。

「神様を信じますか?」

 寺のお祭に行き、隣にいたインドネシア人にそう質問したときの、相手の反応が忘れられない。彼は目を瞠り、このような質問をすることじたいが、まったく馬鹿げている、あり得ないことだ、といわんばかりの表情で、こう言った。

「神様はいますよ。当たり前のことじゃないですか」

 そうなのだ。この土地の人々にとって、神様の存在は、足の下に地面があるのと同じくらい、当然のことなのだ。ごく自然に神の存在を信じている彼らが、日本人より幸せな人々に思えた。

 そういう信心深い空気に心地よく影響され、私の心はあの世的なものを素直に受け入れるようになっていたのだろう。

 ある晩、こわい夢を見た。バリ絵画に描かれている、極彩色の鬼のようなものが、私の亡くなった母親を、頭からばりばり食べているのだ。血だか臓物だかが、まわりに飛び散っていたような気がする。あまりの怖さに縮み上がっていると、突然、何ものかが私のベッドに舞い降りてきた。それは、そのときの私の感覚からすると、小柄な人間くらいの大きさで、体は引き締まって硬く、ヨーロッパの街にある天使の彫像のように、いかつい感じがした。背中には大きな翼が生えており、それは私の体の上にしばらくとどまっていたかと思うと、次の瞬間、ひらりと隣のベッドに飛び移っていった。隣のベッドには友人が寝ていた。

 これを夢と言い切ってしまうこともできる。母親を食べている鬼の夢の続きに、天使が出てきたのだ。この話をバリ島の人に話したら、天使があなたを守ってくれたのだと言うだろうし、日本人に話したら、天使の夢を見たのだと思うだろう。

 私がこれを夢だと思っているのなら、ここで文章にはしない。夢ではない、確かなものを感じたから、いまだにそのときのことをありありと覚えているのだ。
 大きな翼を持った天使が、あのとき、確かにやって来た。e0172753_9473818.gif
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# by fufu6k | 2009-02-20 09:54